さよなら、世界
声にならなかった。
倉田遊馬は細い手すりの上を危なげなく伝い歩き、身体を反転させて戻ってくる。そして私の正面でしゃがみこんだ。尻をつけ足を投げ出して座っているのではなく、手すりの上にしゃがみこんでいるのだ。
とっさに身体が動いた。彼の前後左右に腕を伸ばし、釣り糸やワイヤーがないことを確かめる。
「な、何者ですか」
「あはは、いい反応」
ふたたび立ち上がると、彼はいきなりジャンプをした。私の横を通りすぎ、鉄柵の角をショートカットするように向こう側に飛び移る。スニーカーの裏でしっかりと手すりの上に立ち、よろめきもしなかった。
「俺ね、忍者の末裔なんだ」
「は……?」
そんな馬鹿な、と言おうとして、彼が学校で二階の窓まで軽やかに登っていったことを思い出した。
「この公園、段差も障害物も多いから、トレーニングに最適なんだよね」
「忍者って、ほんとにいるんだ……」
まじまじと見つめたとたん、彼は「ぶふーっ」と吹き出した。さすがに体勢を崩し、地面に着地する。くっくっくと噛み殺すように笑っていて、なぜだか恥ずかしくなってくる。
「え、なんで、そんな笑う……ですか?」
「いやいや、ごめん。ミズホちゃんは素直だなぁと思って」
倉田先輩は、くしゃっと相好を崩した。
「俺ね、本当は」