さよなら、世界
私がノートを差し出すと、彼女は顔をほころばせた。桜の花が一気に満開になったように、周囲まで明るくさせる笑みだ。
「ありがとう、助かる。今の授業、おもいっきり寝ちゃってさぁ」
帰りまでには返すから、と言って、彼女は思い出したように言った。
「私、渡辺マリコ。よろしく」
ぽかんと口をあけている私を見て、彼女は目をまたたく。眉の下で切り揃えられたぱっつん前髪のせいか、目元の印象がとても強い。
「どうしたの?」
「いや、名前が……一緒だったから」
かすれたつぶやき声に、彼女はほろっと表情を崩す。
「一緒?」
「あ、ううん……私、渡辺、瑞穂(みずほ)、です」
私が名乗ると、「よろしくね、瑞穂ちゃん」と言って、彼女は人懐こい猫みたいに目を細めた。