さよなら、世界
* * *
「どうしてマリちゃんには顔があるの?」
「え、なにそれ、謎かけ?」
廊下には人の気配がなかった。窓のすぐ外で紫陽花が雨に打たれている。マリは親指と人差し指でつくった四角形をのぞきこみ、唇を尖らせる。
「んーいまいち」
雨空であることも手伝って、放課後の校舎は薄暗かった。そのせいか雨に濡れた紫陽花が美しく見える。それでも彼女は窓の外の景色に興味をなくし、廊下の天井や壁に目を移した。
「瑞穂ちゃんは何にしたんだっけ?」
「私はブドウとかリンゴ」
「静物画かあ。またつまらないの選んだねぇ」
「無難と言って」
私たちはコの字型の校舎を端から端まで歩いていた。美術の授業で制作する油絵のモチーフを探したいからと、彼女に付き合わされている最中だ。
本来なら真っ先に外に飛び出して行くであろうマリがおとなしく校内をうろついているのは、朝から降り続いている雨のせいだった。
「なにか面白いもの、ないかなー」
たかだか授業の提出物なのに、彼女は本気で自分の興味のあるものしか描きたくないらしい。