さよなら、世界
マリは何事においても妥協しない。昼食は迷わず気持ちのいい場所を選ぶし、授業中でも先生の目を一切気にせず机に伏せて眠るし、いいことも悪いことも、言いたいことははっきり口にする。
じっとしていられないタイプの彼女は、歩きながら視線をあちこちに動かす。前方から教師らしきジャージ姿の人が歩いてきてもおかまいなしに、廊下の真ん中を堂々と歩く。
先生とすれ違うとき、その先生が誰なのかはわからなくても、私は念の為に会釈をする。一方、マリは会釈どころか興味のあるほうしか見ていない。先生の表情はわからないけど、きっと彼女の態度には苦い顔をしているに違いなかった。
穴顔にもだいぶ慣れた。見た目は気味が悪いけど、自分に害を加えるものではないとわかっていれば、案外平気なものらしい。それよりも、顔にダイレクトに表れる人間の感情のほうが、よっぽど恐ろしかった。
理香子さんは、私の頬を叩いた日以来、気持ちが安定していない。私を見ていきなり怒鳴りだしたかと思えば、怯えたように目を合わさないこともある。
感情が一気に振り切れる様は、コントロールのきかないロボットを前にしているような不気味さがあった。私を視界に入れることでスイッチが入り、針が「怒り」に振れたり「嘆き」に振れたりする。それは恐ろしくて、とても痛々しい光景だ。
「ねえ、見てみて!」
マリが窓の外を指差している。となりに立つと、白い花の咲き誇る花壇が見えた。雨は心なし弱くなったようだ。