さよなら、世界
「花を描くの?」
「ちがうちがう、その横。靴が落ちてる」
言われてみれば、学校指定の上靴が片方、花壇の脇に転がっていた。彼女は両手の指を構え、カメラに収めるように景色を四角く切り取る。
「咲き乱れた白い花と、忘れ去られた白い靴。哀愁漂ってない?」
「えーどうかな……」
「うーんやっぱりいまいちかな。ていうか、あの靴、あのサルの人のだったりして」
こちらを向いて彼女は楽しげに笑う。その顔に、公園で会った彼の顔が重なった。
「あーでも靴のラインが赤だから、あれは三年のか」
「あの人、忍者の末裔なんだって」
ぽろっと落ちた言葉に、マリが目を見張った。
「えー、なにそれ!」
「このあいだ、偶然会ったの。そのときも鉄柵の上をひょいひょい歩いてて。忍者見習いなんだって」
目をぱちくりさせて、彼女は笑いだした。
「いや、冗談でしょそれ。自分のこと忍者の末裔って、小学生みたいなこと言う人だね」
あははと笑い転げる彼女に、ちょっとムッとする。
「だって、手すりの上に立ったり、二階の高さから平気で飛び降りたりしてたし」
マリも裏庭であの軽やかな身のこなしを見ているのだから信じるだろうと思っていたのに、彼女は「はいはい」と言って私の頭をぽんぽん叩いた。
「瑞穂ちゃんはほんとに、なんでもすぐ信じちゃうんだから」
「――」
彼女の言動と緩やかな表情に、ちくりと胸が痛む。