さよなら、世界
「おかしいのは頭だけか……」
「ちょっと、どういう意味!」
かっと目を見開いて、彼女は私の頬をつまんだ。力いっぱいひねられてすぐさま「ごめんなさい」と謝る。私から手を放し、彼女は言った。
「バツとして、被写体になることを命じます」
「え……」
美しい顔をニコッと緩めて私に手を差し出す。
「撮るから、携帯貸して? 今日持ってくるの忘れちゃったの」
「何を撮るの?」
「雨の日、階段の踊り場で物思いにふける少女。いい絵になりそうじゃない?」
彼女は前方の階段を指さした。たしかに、薄暗い踊り場から窓の外の風景が明るく見えて、雰囲気のある構図かもしれない。
「少女はいらなくない?」
「ダメダメ。むしろ少女がメイン」
行け行けというふうに押しやられて、私は気が進まないまま階段を上がっていく。
「このへんでいい?」
「もうちょっと手前。壁に手をついて、窓を眺める感じで」
ああでもないこうでもないと階段の下から次々に指示がとんでくる。言われた通りのポーズをとりながら、顔が映らなければいいか、なんて考えているときだった。
たん、と上から軽快な足音が響いた。次の瞬間、手すりの向こうから人影が現れる。
声を上げる間もなかった。ぎょっとした顔が見えて、その身体が鼻先をかすめていく。
床から震動が伝わる。両手をついて、彼は踊り場に着地した。
「あ、ぶね」
倉田遊馬。
名前が頭に浮かんだ瞬間、彼の目が大きく開かれる。