さよなら、世界
「あ」
視界が揺らぐ。驚いて退いた私は、階段から足を踏み外していた。着地した体勢の倉田遊馬が、スローモーションで遠ざかる。
「ミズホちゃん!」
手がのばされるのが見えた。その手をつかもうと伸ばした指先は、空を切る。天井が見えて、背中に衝撃が走った。
自分の身体がばらばらになったような気がした。手も足もどんな動きをしているのかわからないまま、ただ視界がぐるぐる回って、あちこちぶつけて、最終的に顔面に痛みが走った。
「いったぁ……」
気がついたら、うつ伏せに倒れ込んでいた。
「ミズホちゃん! 大丈夫?」
肩を抱き起こされ、遊馬の顔が目に飛び込んでくる。間近に見てもかわいい顔立ちだった。羨ましいくらいはっきりとした二重まぶたで、黒目が大きい。瞳の中に自分を見つけて、私ははっと顔をふせる。
倉田遊馬が声を震わせた。
「み、ミズホちゃん……血が」
「え」
ぼたぼたと、生あたたかいものが鼻から落ちて制服を汚していた。口の中に、鉄錆の味が広がる。
「え、え?」
両手で鼻を押さえると、手がまたたくまに赤く染まる。
「え、ティ、ティッシュ」
軽くパニックになりながらポケットを探ったけれど、ハンカチしか見つからない。ひとまずそれで鼻を押さえ、私は後ろを振り返る。
「マリちゃん、ティッシュもって」
言葉の途中で身体が浮いた。すぐ横に遊馬の険しい表情がある。
「えっ」
横抱きで抱えられ、身体が硬直した。手とかたい胸の感触が制服越しに伝わって、全身が熱くなる。
私を抱えたまま、倉田遊馬は廊下を走り出した。見咎められることも恐れず、脇目も振らずに廊下を突っ切って角を曲がる。