さよなら、世界

 倉田遊馬は神妙な顔で言った。直接的にではないにせよ、誰かに怪我をさせることは、彼にとって随分とショックな出来事だったらしい。

「血、完全に止まったかな?」

 ふいに尋ねられ、私は自分の顔に触れる。鼻の奥に感じていた違和感はほとんど消えていた。

「あ、たぶんもう……ふが」

 ふいに鼻に何かを突っ込まれ、変な声が出た。

「な、なに」

「一応、綿球つめとく」

 綿の塊を私の鼻の穴に押し込むと、倉田遊馬は突然私の頬に触れた。鼻に詰め物をしているところなんて見られたくないのに、彼はあろうことか至近距離で目を合わせてくる。手の温かさに、また心臓が騒ぎはじめる。

「ごめん、唇も切れてるみたいだ」

 常に身体を動かしているような彼だから、ポケットに常備しているのかもしれない。絆創膏を取り出すと、わたしの唇の端に丁寧な手つきで貼り付けた。

 体のわりに、ごつごつとした大きな手だった。指先の感触に、意識を引っ張られる。そして、身に覚えのある閃光が脳内を走りぬけた。

 まただ、と思った。

 また、くる。

 そう直感したとき、頭の中が白く弾けた。



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