さよなら、世界
相手は十人。対する彼女はひとり。武器もなし。
生意気だの目障りだのといった罵声を浴びせられ、それはあんたたちの勝手な意見でしょうと可愛くない反論をするものだから、場の空気は一気に悪くなった。そして見るも痛々しい殴り合いだ。
結果からいうと、彼女は健闘した。勝利こそ収められなかったものの、相手のリーダー格を地面に沈めた。やみくもに繰り出した拳が奇跡的に相手の顎に入り、脳震盪を起こさせたのだ。
僕がどうしてそれを知っているかというと、一部始終を見ていたからだ。彼女たちが戦いの場に選んだのは裏庭の倉庫の前だった。その倉庫の屋根で、僕は惰眠をむさぼっていたのである。
「すげー……」
相手チームがリーダーを引きずって去ったあと、僕はひとり残された彼女に声をかけた。
「そうでしょう」と彼女は笑った。顔は泥だらけで、口の中を切ったのか唇の端に血がにじんでいた。
さすがに疲れたらしく、彼女は座り込んで倉庫の壁にもたれた。
僕はのぼってきたときと同じように木をつたい、地面におりると、彼女の正面に立った。ボクシングの試合を終えたチャンピオンのような、ボロボロなのに清々とした彼女の表情を見て、眉をひそめる。
「信じらんねー。女だろ」
しゃがみこんだ僕に、彼女は即座にかみつく。
「なによ、女は闘っちゃいけないっていうの?」
涼やかな目には一点の曇りもない。それがかえって危うい気がした。
「いや、見てて怖いよ、あんた」
殴られた痕なのか、目の下がかすかに切れて流血し、赤黒いアザになっている。