さよなら、世界


 
 ミズホちゃん、と声がして、はっとした。

 見ると、正面に倉田遊馬の顔があった。彼の指が頬に触れていて、意識が遠ざかっていたのがほんの一瞬だったことに気づく。

 長い夢のようだったのに、現実では一分と経っていないらしい。

「どうかした?」

 心配そうに言う彼に、「なんでもない」と首を振った。

 起きているときに見る夢は、白昼夢と呼ぶのだっけ。

 また、あのふたりだった。

 場面は違ったけれど、登場人物は同じだと思う。ぼんやりとかすんだ彼女の顔をどうにか思い出そうとしたけど、頭によみがえるのは彼女を取り巻く空気だけだった。

 制服と、つややかな髪と、堂々とした振る舞い。ずいぶん活発な女の子だということはよくわかる。

 そして私自身は夢の中では男子生徒だった。

 教室でうまくやっていくことを早々にあきらめた、おそらく冴えないのであろう高校一年生。どこか冷めた視点を持つ彼に、私は否応なしに共感させられた。夢のくせに細部まで恐ろしいほどリアリティがあった。

 彼女と関わりあうごとに、『僕』は胸を締め付けられるような心地よい息苦しさを感じている。

 たぶんそれは――

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