さよなら、世界
「すげー!」
灰色の空に、巨大な虹が出ていた。七色の帯が街を覆うアーチみたいに立っている。
「曇りでも虹って出るんだなぁ」
うまれてはじめて見たとでもいうように倉田遊馬は声を弾ませる。
たしかに多少の晴れ間が見えているならまだしも、完全な曇り空の虹というのはあまり印象にない。雨雲でよどんだ背景に、うっすらと存在をにじませる七色の光はあまりきれいだとは思えなかった。
「太陽すげえな」
「え?」
風をはらんで膨らんだシャツが、私の腕をくすぐる。倉田遊馬は感動したように続ける。
「虹って雨粒に反射した太陽の光なわけでしょ? こんだけ曇ってても、太陽の光って届くんだなぁ」
もう一度、前方の空を見やる。きれいとはいえないけれど、虹はたしかにそこにある。やがて消えてしまっても、曇り空の虹として、私の記憶に留まるのかもしれない。
ふいに夢のことが思い出された。誰かの記憶をのぞいているようにやたらと鮮明なのに、肝心な部分は曖昧で、虹のようにつかみどころのない夢。
高校に入学するまで、白昼夢をみたことなんてなかった。太陽の光が映し出す幻みたいに、いきなり私の意識に現れ、瞬時に消えていく『僕』の世界。そこに登場するのは、名前も顔もはっきりしない長い髪の女の子で……。それの持つ意味を考えようとして、ふと思い出す。
「どうして知ってるの?」
つぶやいた声は風に流され、彼が「え?」と聞き返す。
「何?」
「私の名前、なんで知ってるの?」
「えー? ずいぶんいまさらな質問だなぁ」
くすくす笑いながら、倉田遊馬は答える。