さよなら、世界
坂を下りきって自転車が停止すると、「大丈夫?」と先輩が振り返った。そして噴き出す。
「あはは、ミズホちゃん髪ぐちゃぐちゃ」
「あ、あ、あぶな」
恐怖の余韻で口がうまく回らない。
「こんな坂のとこで、コントロール失ったら、ふたりで大怪我……」
「俺、無理だと思ったら絶対にやらないから、大丈夫」
そう言ったあと、少し考えてからぽんと私の頭を叩いた。
「でも後ろの人は恐かったかな。ごめんごめん」
私は荷台から降りた。髪を直し、スカートを整えて歩き出す。
「ミズホちゃん?」
「なんでもない。もう、家が近いから、ここからは歩こうと思って」
うまくしゃべれなかった。顔が妙に熱くて遊馬を正面から見られない。振り返ることもできず歩を進めていると、彼が自転車を引きながらとなりに並んだ。
「なにか、怒ってる?」
「全然、そんなことない」
「そう?」
横目で見ると、きょとんとしていた彼はすぐに楽しげに表情を崩した。
急な坂道を安全ベルトのないジェットコースターで滑走するように自転車で下り、平気な顔で二階の高さから飛び降りる。改めて考えてぞっとした。この人は、恐怖を感じるセンサーが人よりも弱いのだろうか。
「こわいって、思うことないの?」
私をちらりと見て、彼は答える。
「そりゃ、自分のコントロールがきかないものなら、恐いって思うこともあるよ。だから、絶対に無理はしない」
思い浮かんだのは公園で言われたセリフだった。去り際に彼が残したふた言は、抵抗なく私のなかに入って、深い場所にとどまっている。
「あの言葉も、パルクールの格言なの?」