さよなら、世界
「そう。地道なトレーニングだけど、続けていれば思いもよらない動きができたりする。俺にはまだ、可能性が眠ってる」
楽しそうに語る倉田遊馬はきらきらして見えた。養分を得たように、濡れた大地からもぞもぞと双葉が顔を出す。自分のなかに芽生えた感情に、私は戸惑った。
うらやましい。
たしかにそう、私は思っている。
「……私にも、あるかな。可能性」
自転車の車輪が、アスファルトにできた黒い水たまりを割っていく。
となりから倉田遊馬の視線を感じた。それから、ふっと笑った声。
「可能性なら、誰にでも」
「じゃあ、私も飛べる? ……この世界から」
思いがけず、切羽詰まった声が出た。無意識の言葉に、私はあわてて手を振る。
「ごめん、なんでもない」
ごまかすように早口で言って、前方を指さした。
「うち、すぐそこだから、このへんで――」
倉田遊馬が立ち止まった。私と目が合うと、彼は静かに言う。
「飛びたい?」
注がれた強い瞳から目を離せない。それはどこまでもまっすぐで真剣なのに、私に寄り添ってくれるような優しさを秘めていた。目の印象だけで、人はこんなにもたくさんの表情をつくりだす。
「ミズホちゃん」
そう、彼が言いかけたときだった。