さよなら、世界
息ができなかった。
まるでコンタクトレンズを外すように、彼女は右の目を取り出した。彼女の右目だったものが、するりと手の中に落ちる。
「七都には見せたことがないのよ。ショックを受けるかもしれないと思って。さすがにもう気づいてるでしょうけどね」
声が出ない。身体が痙攣したみたいにがくがく震える。理香子さんが、左目だけで私を睨みつけた。
「なに怖がってんのよ! 義眼よ! はじめて見たの? もっとよく見たら!? ほら!」
たとえるなら、それは眼球を覆う大きさのコンタクトレンズだった。ただし透明ではなく乳白色で中央に理香子さんの左目にそっくりな黒目が浮かんでいる。それを私に押し付けて、彼女は力いっぱい叫ぶ。
「これはね、あんたの母親がやったのよ! あんたの母親のせいで、私は右目を失ったの!」
言葉がぎざぎざの刃に変わり、胸に突き刺さる。吸い込んだ息を、吐き出すことができなかった。
そんなはずはない、母は人を傷つけるような人間じゃない、と訴えたいのに、声にならない。
私は母をかばえるような過去をなにも知らず、理香子さんは現実に右目を失っていて、私には川崎七都と同じ血が流れている。
「あんたの母親に突き飛ばされて私は……」
ふっくらとした母の善良そうな笑顔が切り裂かれていく。理香子さんの恐ろしい言葉ばかりが私に巻きついて、ぎりぎりと心臓を締め付けた。
「あの女は悪魔よ! 私から何もかも奪った悪魔! あんたはね、そんな悪魔の娘なのよ!」
金切り声に、目の前が真っ暗になる。崩れ落ちそうになる私の肩をつかみ、理香子さんは額がぶつかるほど私に顔を近づけた。