さよなら、世界
横目で見ると、彼女はどうぞ、というように頷く。
「じゃあ、いただきます……」
一口かじると、海苔の風味が香った。ふっくらと炊き上がったお米は冷めていても甘みがあり、口の中にとろりとした濃厚な味わいが広がる。
「これって……」
「煮玉子だよ。我が家のとっておきの具材」
つやつやした米の真ん中でオレンジ色の黄身は宝石みたいに輝いている。
ふいに胸が詰まった。
ツナマヨや高菜や明太子などの定番具材はもちろん、サバ缶や肉味噌やチーズなど、季節や食費事情によって、我が家のおにぎりは具材がさまざまだった。
食べることが大好きな母は、どれも美味しいと褒めてくれたけど、特別に気合を入れたい日や、お祝いごとがあった日にリクエストする具材は、いつもこれだった。
味付けの濃さもちょうどよく、コクのある黄身と白身の食感がごはんと海苔ととてもよくあう。
「マリちゃんちって、うちと嗜好が似てるのかな。同じ渡辺だし、もしかして遠い親戚だったりして」
「えーそんなわけないから」
おかしそうに白い歯を見せていた彼女が、驚いたように笑いを引っ込めた。
「瑞穂ちゃん、そんなにおなか空いてたの?」
いつのまにか頬を涙がつたっていた。私は口いっぱいにおにぎりを頬張りながら、涙の塩味が混じった懐かしい味を噛み締める。
「美味しいでしょ? うちのおにぎり」
マリの声は優しかった。
「おい、しい」
かぶりついて咀嚼して飲み込んで、私は鼻をすすりながらおにぎりを食べた。
青い空も穴のあいた雲も、となりで優しく笑う彼女も、すべてが胸に沁みる。
懐かしくて幸福だった時間を思い出しながら、温かさと切なさを一緒に飲み込むように、私はひたすら口を動かした。