さよなら、世界
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傷つける前に離れようと思っても、マリは暗闇を照らす太陽のように私を引き寄せる。あるいはブラックホールのように、あらがうことのできない引力をもって私を吸い込む。
「マリちゃんて、本当に変な人だね」
教室に戻る途中の廊下は賑やかだった。いたるところでロッカーが開閉され、五時間目の授業に備える生徒たちが談笑している。といっても、ここでは談笑という言葉はふさわしくないかもしれない。私には彼らの笑った顔が見えないのだから。
「ちょっと瑞穂ちゃん、このあいだから私の評価ひどくない?」
「褒めてるんだよ」
「全然そんな気しないんだけど!」
穴顔の生徒とちがって、マリはとても表情に富んでいる。ただでさえ目を引く外見をしているのに、言動がはっきりしているからますます目立つ。
それに比べてすれ違う生徒たちは喜んでいるのか悲しんでいるのか、その胸に抱いている感情がまったくわからなかった。むしろみんな同じに見える。だからこそ、特別に興味を抱く対象にはなり得ない。
そう考えると、となりを歩く彼女が今更ながら貴重な存在に思えた。
「ねえマリちゃん。いまから変なこと訊くけど、深く考えないで思ったことを言ってくれる?」
「なんだか難しい注文だなぁ」
前を向いたまま、私は何気ないふりを装って話し始める。
「ひとりの女の子が、ある日突然人の顔を見分けられなくなったの。人間はみんな穴が三つあるだけの顔になって、誰が誰だかわからない。実際にはちゃんと顔があってみんな普通に暮らしてるのに、彼女にだけ見えないの」
横目で見ると、彼女は眉間に皺を寄せながら、目を閉じて私の言葉をもごもごと反芻している。彼女の様子をうかがいながら、先を続けた。
傷つける前に離れようと思っても、マリは暗闇を照らす太陽のように私を引き寄せる。あるいはブラックホールのように、あらがうことのできない引力をもって私を吸い込む。
「マリちゃんて、本当に変な人だね」
教室に戻る途中の廊下は賑やかだった。いたるところでロッカーが開閉され、五時間目の授業に備える生徒たちが談笑している。といっても、ここでは談笑という言葉はふさわしくないかもしれない。私には彼らの笑った顔が見えないのだから。
「ちょっと瑞穂ちゃん、このあいだから私の評価ひどくない?」
「褒めてるんだよ」
「全然そんな気しないんだけど!」
穴顔の生徒とちがって、マリはとても表情に富んでいる。ただでさえ目を引く外見をしているのに、言動がはっきりしているからますます目立つ。
それに比べてすれ違う生徒たちは喜んでいるのか悲しんでいるのか、その胸に抱いている感情がまったくわからなかった。むしろみんな同じに見える。だからこそ、特別に興味を抱く対象にはなり得ない。
そう考えると、となりを歩く彼女が今更ながら貴重な存在に思えた。
「ねえマリちゃん。いまから変なこと訊くけど、深く考えないで思ったことを言ってくれる?」
「なんだか難しい注文だなぁ」
前を向いたまま、私は何気ないふりを装って話し始める。
「ひとりの女の子が、ある日突然人の顔を見分けられなくなったの。人間はみんな穴が三つあるだけの顔になって、誰が誰だかわからない。実際にはちゃんと顔があってみんな普通に暮らしてるのに、彼女にだけ見えないの」
横目で見ると、彼女は眉間に皺を寄せながら、目を閉じて私の言葉をもごもごと反芻している。彼女の様子をうかがいながら、先を続けた。