さよなら、世界


「ねえねえ、渡辺さんが川崎くんと付き合ってるって噂、ほんと?」

 息を切らせた声に、ぎょっとした。

「えっ、な、なんでそんな」

「このあいだ、夜の運動公園からふたりが自転車に乗って出てくるのを見てた子がいるらしいんだけど」

 胸ポケットに花の形をしたきらきらのヘアピンを差している右の子が、詰め寄るように私に近づく。ぐいっと寄せられた顔を見ると穴が渦を巻いていて、背中が冷たくなった。

「ねえ、どうなの? 付きあってるの?」

 一緒にいる子がひと言も発さないのに比べて、ピンをつけた彼女の声は必死だ。

 顔はわからないけど、きっと可愛い子なんだろうと思った。川崎七都に想いを寄せていて、彼といい雰囲気になった、あるいは彼にアピールをしようとしている矢先に、思いもよらない噂が立った。

「ねえ、教えてよ」

 切羽詰まった声だ。泣く寸前なのかもしれない。

「付き合って、ないです」

「ほんと? じゃあなんで夜の公園にふたりでいたの?」

 不思議だった。表情がないのに、必死さが伝わってくる。今この子がどんな顔をしているのか、とても気になった。

「きっと見間違いだと思う。川崎くんとは、ほとんどしゃべったこともないから」

「本当に?」  

 私がうなずくと、目の前の彼女がほっと表情を緩めた、ように見えた。

 ふと見ると廊下の向こうに川崎七都が立っていた。穴顔の生徒たちが行き交う中で、顔がある彼はとても目立つ。私と目が合うと、彼はすぐに視線を逸らし、教室に入っていった。



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