さよなら、世界


* * *

 日曜日、倉田遊馬は宣言通り、川崎家のチャイムを鳴らした。ふたりぶんの朝食の後片付けをしていた私は、玄関で立ち尽くす。

「おはよ、ミズホちゃん」

 大きめのTシャツに足首の出る黒いパンツを合わせた彼が、曇りのない笑顔を見せる。オレンジの髪とあいまって、朝から眩しい。

「おはよう……って」

 濡れた手をエプロンでぬぐいながら、私はため息をつく。

「あの、せっかく来てもらったけど、私は」

 出かけられないから、と言う前に、彼は思いもよらないことを言った。

「ああ大丈夫。キミの同居人に話は通してあるから」

 石塀の表札を見やり、遊馬は続ける。

「川崎っていうんだよね、あいつ。謎の迫力をまとってる上に、俺より背ぇでかくてかなりハイスペックの……自分で言っててなんか悲しくなってきた」

「遊馬先輩は、七都とはタイプが違うから……比べることじゃないよ」

 急に声のトーンを落とした遊馬を、あわててフォローすると、「そうかな」と簡単に気を取り直し、先輩は続ける。

「このあいだミズホちゃんを送ってきたときさ、この家に入っていったから、川崎ミズホだと思ってたんだよ。けど君は渡辺なんでしょ?」

 ぐっと喉が詰まる。その先の説明を求められても、私には答えられない。うつむいていると、焦ったような声がした。

「いや、別にいいんだ、苗字とか住んでる家なんてどうだって。今日の目的はそれじゃないから」

 そう言うと、遊馬は自転車を指さした。いつか雨が降った日に乗せてもらった、黒いシティサイクルだ。

「動きやすいカッコに着替えてきて。そしたら出発しよう」

「え、でも」

「昼過ぎると暑くなるから、ほら、はやく!」

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