さよなら、世界
玄関に押し戻されて、私は誰もいないキッチンに引き返す。
洗いかけだった皿を片付けて二階の自室に入ろうとすると、斜め前の部屋から七都が姿を現した。Tシャツにハーフパンツというゆるい部屋着姿で、普段セットしている髪はぺたんと下り、一部だけ寝癖で跳ね返っている。
目が合ったとたん、息が詰まった。いろいろと訊きたいのに、声が出てこない。
「おふくろは、昼過ぎまで起きてこない」
ふいに七都が口を開いた。不機嫌そうに目を細めて、ぶっきらぼうに言う。
「もし起きてきても、買い物にいったとか、適当にごまかしておくから」
固まっている私のすぐ横を過ぎ、階段を下りていく。思わずその背中を見つめてしまった。
いったい、なんなの?
頭が混乱する。首をひねりながら着替えてリビングをのぞくと、七都はテレビをつけて、棚からDVDを抜き出したところだった。これから映画鑑賞でもするらしい。
私の足音に気づいたのか、彼が振り返る。いつもと同じ鋭い目つきだった。さっさと行けよというふうに私を睨み、ソファにどかりと腰を下ろす。
本当に、何なのだろう。
七都と倉田遊馬とのあいだで話がついているなんて、にわかには信じられない。それでも、実際に七都は私が遊馬と出かけることを知っていて、理香子さんに悟られないようにと協力までしてくれている。彼はてっきり、母親である彼女の味方だとばかり思っていたのに。謎は深まるばかりだ。
外に出ると、遊馬はすでに自転車にまたがってスタンバイをしていた。促されるまま後ろに乗ると、車輪がアスファルトを滑り出す。
「どこに行くの?」と訊いても、「行けばわかるよ」と答えるだけ。そしてたどり着いたのは、見晴台のある運動公園だった。
日曜だからか、午前中から家族連れや子供たちで賑わっている。