さよなら、世界


「さ、準備運動するよ」

 駐輪場に自転車を停め、遊馬は公園内の歩道を歩いていく。

「準備運動って、あの、何をするの?」

 当然でしょ、という顔で、倉田遊馬は振り返った。

「飛ぶ練習」


 広場の隅っこで、彼はストレッチを始める。「ほら、ミズホちゃんも」とせっつかれ、見よう見まねで足首を回し、膝を曲げ、腕を伸ばした。

 指先から手首、足首、肩、首にいたるまで、体中の関節を動かしながら、彼が「痛いとこない?」と声をかけてくる。

「違和感があったら、無理にやらないほうがいいから」

 とにかく怪我には注意をしているらしく、入念に関節を動かして身体を温めた。

 そして倉田遊馬によるパルクール講座がはじまった。

「まずはランディング――着地、をマスターしてもらうよ。慣れてきたらプレシジョンと、あと挑戦しやすいところでバランスのトレーニングかな」

「プ、プレシジョン?」

「自分が思ったとおりのポイントに、正確に着地すること」

 遊馬は芝生の中に飛び石のように配置された石から石へ、ジャンプする。

「かかとじゃなくてつま先で着地して、衝撃を下半身で吸収する感じ」

 やってみて、と言われて、私は先輩の真似をする。

「つま先はそろえて、でも膝は開くように。閉じたままだと勢い余って顔をぶつけることがあるから」

 説明を受けながら、ひたすら石の上をジャンプした。それだけのことでも、何度も繰り返していると身体が火照ってくる。

「そうそう、ミズホちゃん、なかなか筋がいいんじゃない」

「だって、石の上飛んでるだけだし……」

「お、余裕じゃん。んじゃヴォルトもやってみようか」

 そう言って、遊馬はステンレスの柵に手をついて飛び越えた。

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