さよなら、世界
昼過ぎになると、日差しが強くなった。にもかかわらず、公園で遊ぶ子供たちの姿は増えている。
遊馬は午後からお兄さんたちのパルクール・サークルに参加するらしく、練習は二時間ほどで打ち切られた。みっちりと柔軟をし、来たときとは反対に、今度は私が自転車の前に座らされる。
「私が漕ぐの? 無理だよ!」
「下り坂だし余裕でしょ。トレーニングだと思って!」
心のこもらない「がんばれー」という声援を受けながら、私は川崎家まで懸命にペダルを漕いだ。何度もよろけそうになって冷や汗をかいたけれど、流れる風に汗ばんだ肌が冷やされて心地いい。
自宅の前に着くと「お疲れさん」と言って、遊馬は私の頬に冷たいものをくっつけた。
「ひゃ、なに?」
「頑張ったごほうび」
見ると半解凍のゼリー飲料だった。私に手渡すと、ハンドルを交代する。
「んじゃね」
オレンジの髪が揺れて自転車が滑り出す。私はとっさに叫んだ。
「あの!」
遊馬が振り返った。「ん?」と目をまたたく。
「……ありがとう」
私の掠れた声をちゃんと聞きとって、彼は笑みを広げる。
「じゃあまたね」
降り注ぐ太陽光がまぶしい。身体が内側から発熱してる。遠ざかる自転車を見送りながら、水滴をまとったゼリー飲料をぎゅっと握った。
自転車を降りた瞬間から、気持ちが軽くなっていることには気づいていた。溜まっていた悪いものが、汗と一緒にすべて流れ出てしまったみたいだ。
見上げた青空は、いつもより透き通っている。
川崎と彫り込まれた石の表札が午後の日差しを受けて光っていた。
頭に残っていた言葉の切れ端が、するりと口からこぼれる。
「少しずつでも、踏み出す」
月に一度の恒例行事が、すぐそこまで迫っていた。
もうすぐ父親が帰ってくる――