お砂糖ひとさじ
小さく頷いてから、ゴクリとコーヒーを喉に流し込む。口の中に広がるコーヒーの香りと苦さ、その中に薫くんが入れてくれたほんのり甘い砂糖の味を確かに感じた。
「……美味しい」
自然と溢れたその一言になぜか薫くんが嬉しそうに微笑む。私は嬉しくなってまたひと口コーヒーを飲んだ。
「満足した?」
「うん!私コーヒー飲めた!」
「はいはい、偉い偉い」
私の頭をぽんぽんとなでながら薫くんが褒めてくれた。だらしなく口元がゆるんでいく。
けれど結局これも薫くんのおかげであって、自分はまだ何も前には進めていないことに気がついた。
「何だよ、また不機嫌な顔して」
「だって何か……」
コーヒーは飲めたはずなのに、全然嬉しくない。
「何だよ」
口を閉ざす私に薫くんが頬を指先で摘まんできた。
「ぶさいく」
「薫くんが引っ張るからだよっ」
「その前からぶさいくだったよ」
「そりゃ可愛くはなかったけど……」
「思ってることあるなら全部言えよ、聴いててやるから」
薫くんは目線を合わせて、そう言った。
「か、薫くんは……ズルいよ」
自分でも驚くほど弱々しい声が漏れる。
努力して、頑張って、だけど薫くんは私の気持ちすら知らない。伝えてないから仕方ないことだって分かってはいるけど。
「薫くんはいつもカッコいいし、モテるし、コーヒーだって飲めるし、ぶっちゃけ完璧すぎだし」
「そんなことねーよ」
「そんなことある!分かってないんだよ薫くんは!」
「分かってるよ」
「分かってないの、だって……」
言葉にしようとした途端、喉の奥が固くなる。伝えたい言葉ほどうまく伝えられなくて、遠回しになってしまう。
たった一言、シンプルに伝えたい。それだけじゃ本当は足りないくらい溢れてくるけれど、それが精一杯だから。
「だって……薫くんのこと、好きなんだもん」
「百花……」
「ずっとずっと見てきたもん、薫くんのことだけ……ずっと、好きだったもん」
言葉と一緒に溢れた涙は留まることなく頬を伝って流れ出す。本当はこんな風にみっともない姿を晒したいわけじゃないのに、薫くんを思うと涙が止まらなくて胸が苦しい。
「だけど、それって全部私だけでしょ?ガキっぽい私じゃ相手にされないんだろうな、とか不安になったり。今だって、傍にいるだけでドキドキしてんのに、薫くんはそんなことないんでしょ?薫くんは優しいから私のこと大事に思ってくれるかもしれないけど……それだけじゃ嫌なの。全然足りないの。もっと薫くんの特別になりたい、近づきたいの」
こんな風に自分の心をさらけ出すのは初めてで、うまく言葉がまとまらない。
「けど、コーヒーなんか飲めたって全然薫くんに近づけない……ばかみたい」
ぐしゃぐしゃに泣きじゃくる私に薫くんはしばらく黙り込んだままだった。もしかしたら呆れてものも言えないのかもしれない。