お砂糖ひとさじ
「百花」
また溢れてしまいそうになる涙を堪えて、薫くんを見る。
相変わらず冷静な表情のままだったけれど、困ったように眉を寄せた。
「ばかじゃねえの」
「………え?」
「そんなことの為にコーヒー飲みたいとか言い出したのかよ」
「そ、そうだけど……」
想像もしていなかった言葉に開いた口が塞がらない。泣くことも忘れてポカンとしてしまう。
「あのさぁ、百花」
深くため息を吐きながら、薫くんの手が両頬を包み込むように添えられた。
「そんなことしなくたって、俺はもうとっくにお前のこと好きなんだけど」
「………ご、ごめん、ちょっと意味が分からない」
「だから、百花のこと好きだって言ってんだよ」
唐突な展開に思考が停止した。わけが分からない。
「聞こえてんのか、このばか」
「ば、ばかじゃないよ……っ」
「だったら何とか言えよ」
返事に戸惑いもたもたしているうちに、薫くんは両頬を包んでいた手を離してしまった。冷たい空気に晒されたはずの両頬はさっきよりもずっと熱くなっていった。
「あ、あの……」
「なに」
「一つだけ、お願いしてもいい?」
「……ん、いいよ」
「ぎゅって、して欲しい」
私の言葉が予想外だったのか、薫くんは少し驚いたように目を丸くした。それから何も言わず、さっきまで開いていた数センチの距離をあっという間になくしてしまった。
後頭部に添えられた手が、優しく私の頭のラインをなぞる。
彼の広い背中に腕を回すとさっきよりも距離が縮んで、薫くんの心臓の音が聞こえた。私と同じ、速い鼓動。それが何だか嬉しくて、もっと強く抱きついた。
「百花」
「ん?」
「それ無意識?それとも誘ってんの?」
「え、ええ!?」
思わず距離を置いて薫くんを見ると、その頬が驚くほど赤く染まっていた。
「見るなばか」
「……!?」
腕を引き寄せられて顔面を胸で覆われた。
今まで見たことのない薫くんの一面に戸惑いつつもドキドキが止まらない。
「今日はもう帰してやんないから」
「………っ」
どうしよう。
砂糖よりも甘すぎて私……鼻血でそうです。
fin.
2016.09.07
2020.08.02