Bitter Chocolate
19
ヒカリは要に逢ってる間、
武志の事も兄の事も頭に無かった。
そんな自分が嫌になるが
今のヒカリには要に逢いたい気持ちしかなかった。
ヒカリは麗子に頼んで外に連れ出してもらった。
嘘をつくのは心苦しかったけど
今のヒカリには要しか見えなかった。
こんな気持ちになったのは
中学生の頃、武志と付き合い始めた頃以来だ。
あの時も武志に逢いたくて夜中に家を抜け出した。
大人になるにつれそんな気持ちは無くなったと思ってた。
あの頃はもっと自由で
頭の中には恋愛しかなかった。
今はもっと色々考えることも
背負っているものもあるのに
ヒカリはそれを忘れてしまうぐらい要に溺れていた。
「なんか羨ましい。
高校生くらいの恋愛って命懸けみたいに真剣じゃない。
駆け引きとか損得とか打算がないっていうか…
ヒカリは今もそんな恋ができるんだね。」
「麗子だって出来るよ。
ホントに運命だと思える相手が現れたら…」
「それでもそれほど純粋には考えられないかも。
恋愛の数を踏んだせいかな?
ヒカリを見てると自分が汚れてる気がするよ。」
人は色々経験すると成長していく。
それは恋愛でもそうだ。
2度と苦い経験をしないように
防御もするし…計算もする。
それは大人になればなるほど綿密になる。
しかしそれをするようになると
好きな人以外何もかも捨ててしまえるような
情熱的な純粋な恋は出来なくなる。
ヒカリはまだそれができる。
麗子にはそれが羨ましかった。
「何かそれってバカみたいじゃない?」
「ううん、羨ましいよ。
私はもうそんな風に恋は出来ないかもな。
だからヒカリを応援したいの。」
麗子はヒカリを要のところまで連れていくと
「帰るとき電話してね。」
と言って帰って行った。
要はヒカリが来るのを待っていた。
ヒカリが部屋に来るといきなりヒカリを抱きしめた。
「逢いたかった。」
要はヒカリの身体中にキスをする。
ヒカリも同じように要に唇を押し当てる。
まるでお腹を空かせた獣みたいに
貪り合うように抱き合った。
ヒカリは要と溶け合うように1つになりたかった。
帰る時間が近づいて
ヒカリはベッドからやっとの思いで起き上がった。
「シャワー借りるね。」
「うん。」
要はヒカリの後を追いかけて
一緒にシャワールームに入った。
シャワーを浴びながらまたキスをして
ヒカリを抱きしめる。
「帰したくない。」
そう言ってヒカリにキスを繰り返した。
帰る支度が整ってヒカリが店を出ようとすると
要がヒカリを呼び止めた。
「これ、食べて。」
要はヒカリの口にそれを入れる。
甘くて苦いチョコレートがヒカリの口いっぱいに広がった。
「ショコラノアール」
「ショコラノアール?
この店の名前?」
「ビターチョコレートって言ったらわかるよな。」
「うん。確かに苦いね。
でも病み付きになるよね。」
「甘いだけじゃ物足りないだろ?
苦味があってこその甘さが引き立つ。
俺が一番好きなチョコレートの味。
ヒカリ、覚えててな。」
ヒカリはそのチョコレートが今の自分たちと重なった。
自分達の進む道は荊の道だけど
その中にある甘い時間は辛い中だからこそ
こんなにも輝きを増す。
要に食べさせてもらったチョコレートの味が
ヒカリの身体に染みていくような気がした。
またいつか逢えることを願って
ヒカリは要と別れた。