セールス婚 〜負け組仮確定の私が勝ち組に成り上がるまで〜

「こんの、バカ難波め。ハムカツをバカにする人はハムカツに泣くんやからな」

 馬鹿野郎、と付け足して、私は難波の目の前にある最後の一切れの出し巻き卵を自分の口に運んでやった。

「はは、俺、ハムカツに泣かされるんか。そりゃあ怖い。まあ、安井、そんな怒らんといてや。安井がそんなにハムカツ好きやと思わんかってん。ほら、から揚げも最後の一個あげるし許して、な?」

 最後に一つ、お皿に残っていた『遠慮のかたまり』のから揚げ。私達の場合、遠慮して残ったわけでは決してないけれど、難波が私の目の前に置いた最後の一つのから揚げ。私は、それを口の中に放り込むと、一度だけ首を縦に振った。

「いいよ。しゃあないから、許してあげるわ」

「ありがとうさん。天下の安井を転がすのなんて、案外簡単なもんやなあ」

 可愛ええなあ、と自然に言って、難波が枝豆を摘んだ。私は、難波の言葉にこれっぽっちも反応することなく、ごく自然にビールジョッキに手をつけた。

「ほんで、本題に戻るけど」

「うん」

「安井はな、ハムカツかメンチカツかで言うたら、まあ、メンチカツの方やねんな」

「うん」

 ああ、ハムカツが良かったな。なんて少しだけ思ったけれど、これはただの例え話だと自分に言い聞かせた。

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