セールス婚 〜負け組仮確定の私が勝ち組に成り上がるまで〜
周りにお客さんのいない落ち着いた空間に一つだけ置かれた椅子。その椅子に腰掛けた私は、私の後ろに立った鏡越しのお兄さんと話し始めた。
「今回の注文は既に聞いてるし、大体どんな感じにするかは決めてます。実は。だけど、安井ちゃんの意見を一番に尊重しろって煩く難波に言われてるから、ひとまず、安井ちゃんの意見を聞かせていただいても良いかな?」
鏡越しのお兄さんが優しく笑った。そんな笑顔を見ながら、私は呑気にイケメンだなあ、と感じたあと、質問の答えを考えた。
「私の意見ですか」
「そう。安井ちゃんの意見」
私の意見というものをしばらく考えてはみたけれど、それは一向に出てこなかった。あまり長い時間悩み続ける優柔不断な私を見兼ねたらしい鏡越しの難波が、私の後ろで口を開いた。
「意見聞いても出てこうへん思うたわ。お前、変なとこ優柔不断やもんなぁ」
仕事では白黒はっきりつけたがるタイプやのにな、と言って笑う難波は、私からお兄さんの方に顔を向けると「ほな、最初に言うてた注文で。あとは宜しく」と言って去って行ってしまった。
「え、ちょ、難波……」
急いで後ろを振り返る。しかし、難波は店内の歪な壁に隠れ、もう既に見えない。