銀木犀が咲く頃に
十月中旬、秋も半ば。
私は登校時間を過ぎても自室のベッドに寝ていた。
というのも、風邪をひいたから。寒さを感じる時間が長くなってきた今日この頃だったので体調を崩す人はよくいたし、その人の風邪がうつったのかもしれない。
なんてことを考えながらボーッと天井を見つめる。

平和だなあ。
当たり前のことだけど家にいると心を締め付けてくる陰口も聞こえてこないし人々からの視線を気にすることもない。
すごく自由・・・・・・。このままずっと学校なんて休んでしまいたい。そんな考えが頭をよぎって慌ててその考えを頭の中から追い出す。
そんな甘ったれたこといってる場合じゃない。今は大事な時期なんだ。受験まであと四ヶ月程しかないというのに・・・・・・。
熱もあいまって悶々としてきた頭を休めるように目をつむる。今日は一日寝てよう。そうすれば余計なこと考えなくてすむ。

「ちょっと澪!!」
バンっ。
勢いよく扉があいて大嫌いな人の声が聞こえてくる。
「・・・・・・なに、母さん」
閉じたまぶたをあけてだるく重い体を無理矢理おこす。
熱があるから休みたいと言ったら渋々という感じではあれどきちんと了承してくれたのに・・・・・・。気が変わったのだろうか。
「どうかしたの?・・・・・・」
「どうかしたの、じゃないわよ!これ」
そういって母さんが掲げるのは一枚の見覚えのある紙。
「・・・・・・ああ・・・・・・実力テストの結果」
親のコメント欄が必ずついているのだけれど母さんに見せたらとやかく言われて塾の時間を増やされそうだし父さんは仕事がいつも遅くて疲れてるから見せられないしでいつも自分で親の字っぽくかいていた。
だから母さんに見せたことなどないしいつも母さんの目につかないところに置いておいた。
だというのに、何故・・・・・・。

「クラス順位十三位ってふざけてるの?」
紙が投げつけられて、布団にあたってパシリと音をたてた。
「・・・・・・ごめんなさい」
「お金だって一生懸命工面して塾だって通わせてあげてるのに!」
母さんはいつもそう。
感情が高ぶると必ずヒステリックになる。だから私は、自分の言いたいことも言えずに謝るしかないのだ。
これ以上めんどくさいことにはしたくないから。

クラスの女子からの冷たい目や陰口は、私が何をしたって変わらない、どうしようもない現実だけれど、今ここで起こってることに関して言えば私が謝ればすむ話だから。

「こんなんじゃ星波にいけないでしょうっ!?」
母さんの目に若干の涙がたまっている。
「受験まであと何日だと思ってるの!」
「・・・・・・ごめんなさい」
「謝ってないでちゃんと答えなさい!」
そういう母さんの瞳から大粒の涙がこぼれた。
怒ってヒステリーになって泣いてーー。
そんな母さんと言い争うと、いや、一方的に怒鳴りつけられるとかならず私が悪者になる。
母さんのように怒ってヒステリーになって泣かなければ気持ちすら理解してもらえないの?・・・・・・。
私にはとても、そんなことできないのに。

「もういいわ!今日は一日これからどうすればいいか考えてなさい!!」
そういうと嵐のように去っていく母さん。
どうすればいいか考えろって・・・・・・。
朝は「今日くらいゆっくりしたら?」なんていってたのに、勉強のことでなにか不都合があるとすぐにこれだ。

こみ上げてきたもの全てを体の奥底に追いやって私は布団の上の紙を手に取った。

机の脇にあるリュックを見やれば封が開けられ中からファイルが飛び出ている。

いつの間に勝手にとったの・・・・・・。
そう考え出すと無性にモヤモヤしてどうしようもなくて、私はベッドに身をあずけ瞳をとじた。

今だけは何も考えたくない・・・・・・。



〈澪、〉
ふいに鳴った携帯を見てみれば、慧斗からそんな文面のメールが来ていた。
明らかに打ちかけな気がするんだけど、なんだろうこれ。
なんて思いながら携帯の画面を見つめていると、また着信音がなる。
見てみればまた慧斗からで、
〈ついた〉
とかかれていた。
ついた?どこに?
そう思っているとふいにドアノブが回され、ガチャリと音を立てて部屋の扉が開かれる。
「よっす。いい子で寝てたか?」
そんな言葉を吐きいつものようにニカーッと笑ってみせる慧斗の姿がそこにはある。
「え?……」
状況を理解できずにいるうちにこちらにやってきて机の前の椅子に座り持ってきたものをベット横の棚に置く慧斗。
「これ、熱でてても食いやすいようなもん買ってきたからさ」
「あ……ありがとう」
とりあえずそういってボーッと慧斗の姿をみやる。
「あれ?今って」
そういって携帯画面の上の方を見れば『11:36』と表示されている。
11時……。なら、普通に学校の時間だと思うんだけど……。そんなことを考えながら慧斗を見やっていたらそのことを察したように
「ああ。今日俺も風邪ひいて休んでてさ。でももう熱も下がったから澪んとこ行こうかなって」
という慧斗。
「ちょっ、それほんとに大丈夫なの?」
思わず体を起こしてそういう私に慧斗はいつもの笑みを浮かべて「大丈夫、大丈夫」と答えつつ私の肩を優しく押しベッドに寝かせる。
抵抗する気力もない私はそのまますんなりとベッドに寝たけれど本当に大丈夫なのだろうか。
袋からゼリーやら飲み物やらを取り出している慧斗を見ながらそんなことを思う。
あれ?そういえば……
「どうやってうちにはいったの?」
母さんは今怒ってるから慧斗がたずねてきても絶対私に会わせようとしないだろうし。
「え?ああ。正面からいってもさ、お袋さん『こんな昼間に何してるの!』って怒って門前払いするだろうから裏からはいった」
確かにうちは家に人がいる時は必ず裏口の鍵がないあいている。
けど……
「それって不法侵入なんじゃない?」
「まあまあ。俺と澪の仲じゃん」
そういう慧斗には呆れてため息しかでない。
「ほら、これ」
そういって慧斗が不意に差し出してきたのは私が好きなチェリーのゼリーと栄養ドリンク。
慧斗の手前にも私と同じチェリーのゼリーと栄養ドリンクが置かれている。
「さ、食して栄養つけようぜ」
そういってグッと親指をたてる慧斗。
私はそんな慧斗に苦笑して「はいはい」という。

ゼリーを口に頬張ると熱がでてるせいかいつもより冷んやりと心地の良い感覚が体に広がる。
「美味しい……」
そう呟いた矢先慧斗が真剣な表情で
「俺、家に一人でいんの嫌でさ」
という。
私はゼリーをすくう手を止めて俯きかげんの慧斗の方を見やる。
「うん」
そういって。
「一人でいると母さんのこと考えちまって。バカだよな、俺。母さんに酷いことたくさんされたのに俺今だに母さんのこと大好きなんだ」
「慧斗……」
「殴られても叩かれても母さんが好き、とかマジでやばいよな」
慧斗は泣きそうな声でそういう。
「十年くらい経った今でも覚えててるんだ。皮肉なくらいすごくはっきり。だから家にいるとそのことで頭一杯になっちまってさ」
「慧斗、あのね」
そう言葉を紡ぎかけた時、戸の向こうから足音が聞こえてくる。
「やっば!」
「そこ、タンスが!」
私にそう言われてタンスをあけた慧斗だけど中には服以外のものがこれでもかと詰め込まれていて雪崩が起きる。
そういえばそうだった。
この間母さんに部屋を綺麗にしろと言われたとき面倒だからと全部タンスに突っ込んだんだった。
ドサドサと落ちてくるそのものに足音がはやくなる。
「澪、今のなんの音?」
「やべっ!」
雪崩を隠すことも大事だが今は何より慧斗を隠さなくては。
他にどこかーー。

そう考えていた時、ファサと布団が持ち上げられる。

「お邪魔するぞ」
そういって慧斗が、布団の中に入ってくる。
嘘でしょ?!と思ったけれどそんなことを口にする暇もない。

ガチャリとドアノブがまわされ、眉間にシワをいれた母さんが入ってくる。

「さっきから何をやってるの。うるさいわよ。ってあんた……」

そういって息を呑む母さんに思わず絶句する。
気づかれた……私も慧斗も終わりだ

「なんなのよ、これは!」

けれど幸いなのかなんなのか、私のすぐ横の布団の膨らみでなくタンスから雪崩れ込んでいるものたちのほうに目をやる母さん。

「この間あれだけ片付けるよういったのに!」
そう若干ヒステリックにいう母さん。
母さんは基本的に自分がいったことを守られないことが一番嫌いだしヒステリーになる確率が高い。

「ごめんなさい。今日中に片付けます」
母さんは私がそんな言葉を発してる間も信じられない、といった感じで口をパクパクさせていたけれどやがて
「わかったわ。これが夕方までに片付けられていなかったら夕飯は抜きにするから。学校にもいっていないんだからそれくらいできるでしょう」
最後の言葉に胸がギュッと苦しくなる。
けれど私は自分の意思なんて全部飲み込んで

「はい」
そう答えた。

母さんはまだ不服そうだったけれどやがて大きな音をたてて扉を閉め去っていく。

それからすぐ私の横でもぞもぞと動き、しまいには私のすぐ横から顔を出す慧斗。

「うわあ!やっべえ!すげえ焦った!」
慧斗がやけに楽しそうにそういうから暗い気持ちも吹き飛んでしまう。
「ほんとだよ」
「それにしても澪のベッドいいな。フカフカだしいいにおい……」
そういって私の隣で目を瞑り出す慧斗に慌てて

「ちょっとそこで寝ないでよ!」
という。

「わーってるって。ちょっとだけ……な……」
そういってる矢先にもウトウトしかけ終いには数分もせずにいびきをかきはじめる慧斗。
そんな慧斗に呆れながらも少しおでこに手をやってみる。
「あつい……」
下手したら私よりあついんじゃないだろうか。
だというのに私の分までゼリーを買って持ってきて心配してくれた。

「ありがとう……」
私はそっと微笑んで慧斗の頭を優しく撫でた。
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