ハッピーエンドなんていらない
湊への気持ちが溢れてしまう前に、想いを消さなきゃいけないのに、消したいのに。
黒板に書いた文字みたいに、消せば消すほどどんどんと広がっていく。
うまく消えないまま、白いチョークの粉が黒板全体に広がっていくように。
「…大丈夫だ、泣くなよわたし」
ペチンと頬を軽く叩いて気合を入れる。
…恋なんて、そんなものさと開き直れ。
ハッピーエンドなんて一握り。
わたしは、紫苑が幸せならそれでいいのだから。
湊が幸せなら、それでいいのだから…。
足袋を履いてから慣れない下駄に足をいれる。
「それじゃあ、行ってきます」
扉を開ける前に、家の中に声をかける。
はーいと間延びした母の声がしたあと、リビングの方から兄の愁が顔を出した。
「もう、行くのか?」
そう言いながら、兄はわたしを品定めでもするようにして見た。