始まりの青
約束
三月一日。とある県立高校の美術室。現在の時刻、午後一時三十分。


からからと静かに扉が開く音。


海音が振り向けば、波音が少し入りづらそうに顔をのぞかせている。


「なにやってんだ」


入れよ、と海音が笑いながら促せば、波音ははい、と返事をして、後ろ手に扉を閉める。


波音は、初めて美術室に入ったときの気持ちを思い出していた。


夏の暑い日。


つんとした油彩の嗅ぎなれない匂い。


年季を感じる大きな机と背もたれのない木の椅子。


いかつい顔をした石膏像。


そして、イーゼルに掛けられた一枚の海の絵。


きらきら輝いていて、とても心が惹かれたのを覚えている。


落ち着かない波音を見て、海音も同じ日のことを思い浮かべていた。


否応なしに踏み越えてしまった、彼女との間にあった『一線』。


波音の過去に、無断で踏み込んでしまったようで、波音と目があわせられなかった。


じくじくと罪悪感に痛む心を抱えながら、絵の前に立つ彼女の隣にいた。

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