始まりの青
担任も持ってない。


それどころか卒業生と一緒に今年度いっぱいでこの学校を去る臨時教師なのに、やっぱり送り出す立場になると込み上げる感情も違ってくるものらしい。


いつもがらんとしている美術室がいやに広く見えるのも、そのせいなんだろう。


一年ぽっちの、自分の城。


たった一年、されど一年。


古くなってすこし粉をふく机も、いかつい顔のマルス像も、壊れかかったイーゼルも、離れがたいほど愛着がある。


「俺も、まだ若いってことかな?」


送り出す者のさびしさと、去る者のさびしさを両方味わえるのは、臨時教師という立場の俺だけだろうな。


「……あの」


しばらくぼおっとしていたのか、声を掛けられるまで美術室に自分以外がいることに気がつかなかった。


突然のことに、少し心臓がはねる。


声がした方を見れば、廊下へと続く扉の前に一人の女生徒がいた。


見覚えのない生徒だ。


胸に花をつけているから……卒業生か。


卒業する学年の生徒とは、部活以外でかかわったことはない。


まあ……例外を除いて。


美術部の生徒でもないし、わざわざ美術室に来る理由が思い当たらない。

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