あの夏に、会いにいく。
 美菜と付き合っているとなれば、誰も有森に近づかない。噂の時点ではなんの関係もなかったとしても、敵のない状態で常にいっしょにいれば思い通りにできると思っていたのだろう。
 だが、有森は美菜に一切いい顔をしなかったらしい。どんなに迫られても、プレゼントを渡されても頷かず、美菜を見たらすうっと逃げていたという。
 絶対に美菜とふたりにはならなかった。挨拶すら満足にしていなかった。

 そんな様子は、すぐに別の形で校内に広まった。今度こそ事実だった。美菜たちが広めた噂はあっさりと駆逐されたのだ。

 プライドの塊みたいな美菜がそれでおとなしく引き下がるはずがなかった。有森の周囲を嗅ぎまわり、すぐにしずくに気づいた。
 目立たないように、静かに有森を見守っていたのに、美菜はしずくをひきずり出してしまった。

 自分より明らかにルックスも成績も運動神経もはるかに格下のしずくに負けたと勘違いし、美菜は烈火のごとき怒りを爆発させた。
 子どもじみたいやがらせや集団無視。身に覚えのない噂も流された。
 しずくにしてみれば、まさに晴天の霹靂だった。

 付き合っているわけでもなく、付き合うつもりもなかった。ある意味、傷をなめ合っていただけだ。いちいち心の中身を触れ回ったりはしないから、確かに親しくは見えたかもしれない。

 確かに距離は縮まった。
 それは間違いない。そこだけは周囲の錯覚ではない。
 ただ、恋愛ではなかった。
 ほんとうに違う。


 ――ただ同じ方向を見ていただけ。
 ――同じ夏にいただけ。


 しずくはきゅっと唇を噛み、女性からの般若の視線を払い除けるみたいにゆるゆると頭を振った。


 ――……だいじょうぶ。


 だいたい、ここへはしょっちゅう来るわけじゃない。あの女性とばったり会う可能性はきっと低い。
 もし、万が一顔を合わせたとしても、高校時代のように直接なにかされたりはしないと思う。
 睨まれるだけなら怖くなどない。


 ――あの夏がわたしを支えてくれるから。

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