あの夏に、会いにいく。
 肩を竦め、有森はしずくを見やった。引っ込めていた笑顔をまた浮かべ直す。
 きりっとした顔立ちだが、笑顔になるとわずかに目尻が下がる。やわらかい印象になる。

 あの夏よりも以前には、こんな表情をするなんて想像すらできず、有森誠也には怖いイメージしかなかった。
 有森が笑わなかったわけではない。むしろ仲間たちとよく笑い合っていた。
 ただ、話したこともなかったから、背が高くてがっちりしていて、真っ黒に日焼けしているのが、なんだか特撮ヒーローものの敵みたいに見えていたのだ。一際声も低かったし。

「遠いとこに住んでたら、ここに来られないからサインもらう方法ないんじゃないのかな」

 しずくがそう言ったら、有森はそんなこと思いつきもしなかったとばかりに目を見開いた。高校時代よりもさらに日焼けした頬や腕はまるで鋼のように艶やかだ。

「ああ、そういうこともあるのか。津原、おまえ頭いいな」

 いかにも感心したみたいに有森が言う。しずくはぶるぶると頭を横に振った。

「頭いいわけないじゃん」
「あーーそうだな。知ってたわ。津原どんくさいの」
「えっ、ひどっ!」

 しずくがむすっとすると、有森は今日はじめて素直な笑い声になった。

 こういう笑い方をする有森は嫌いじゃない。
 こんなふうに無邪気なひとだって、あの夏がなければきっと知らないままだった。
 それは、とても残念でもったいないことだ。同じ高校に三年間いたのに、なにも知らない他人のような存在で終わるところだったのだ。
 そういう意味でもあの夏には、とても感謝している。
 共犯関係以外にはなれなくても。

「今日、このあと時間あんの? あるならメシでも行く?」
「え?」
「こんな雑談しに来たわけじゃないだろ?」

 気がついたら、寮の門のところにいて、そう言えば肝心なことをなにも話していなかったなと思い出した。この話のために会いに来たのに。

「……ああ、うん」

 しずくは頷きながら、ふうっと周囲を見回した。例の女性はグラウンドの近くの日陰にいて、こちらの様子をうかがっている。帰りのバスがいっしょにならないといいなと、しずくは思った。
 他のファンたちはそれぞれの目当ての選手に夢中で、こちらを見てもいない。

「津原?」

 訝しそうに有森が覗き込んでくる。顔の距離の近さに、しずくはとっさに一歩退いた。

「だいじょうぶ? ぼーっとしてねぇ? 熱中症にでもなった?」
「だ、だいじょうぶ。だいじょうぶ」

 しずくは数回小刻みに頷いた。

< 7 / 7 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop