私、今から詐欺師になります
 




 ビルの下で知り合いの部長と話している秀行を振り返りながら、玲が言ってくる。

「結構いいとこあるね、茂野社長」

 一応、心配してくれたよ、と言うので、
「そう悪い奴じゃないのはわかってる。
 なんだかんだで、茅野が選んだ相手だ」
と穂積は言う。

 おにいちゃんにはなにも出来ないよ、という玲の言葉が重くのしかかっていた。

『あの、何処のどなたか存じませんが。
 私と結婚していただけないでしょうか?』

 そう真っ直ぐに自分を見つめて言ってきた茅野を思い出す。

 逃げるなよ、茅野。

 お前が始めたことだぞ。

 あの瞬間から、自分と仕事しかなかった世界に茅野が飛び込んできて、彼女に向かって、突き落とされた。

 ……突き落としそうだな。

 笑いながら崖に向かって、えいっ、とか言って。

 つい、おかしな妄想をしてしまい、吹き出してしまう。

「なになにー?」
と玲が横から訊いてくる。
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