私、今から詐欺師になります
 



 ノックの音がした。

 穂積は顔も上げずに、
「入れ」
と言う。

 恐らく、茅野を送った玲だろうと思ったからだ。

「雇うのね、あの子」
と案の定、玲の声がした。

「ああ。
 使えそうか?」
とパソコンの画面を見たまま問うと、

「先にそれ訊いてから雇いなさいよ」
と玲は肩をすくめて見せたようだった。

「なんで雇うの? あの子。
 可愛いから?

 なんか事情がありそうで、可哀想だから?」

「いや、此処から見てたからだ」
と穂積は言った。

 玲は後ろを振り返り、ブラインドの向こうの社員たちを見ながら言う。

「凄いよ、あの子。
 でも、もっとも凄いのは、私のことを追求して来ないことね」

 しばらく沈黙したあとで、
「……そうか」
と言って、キーボードを叩く。

 玲はデスクに手をつき、
「なんなのよ。
 目を合わせなさいよ」
と言ってくる。

 いやいやいや。

 ……困った社員だ。





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