仮病を使おう!
いいですよ、別に
「下野さん、三番テーブルにオーダー取りに行って」
「シモツケですっ」
「ハイハイ、急いで」
 ぱたぱたぱた
 乱立するテーブルの合間を縫って、小走りでお客さんのもとへと向かう。
「オーダー入りましたー。三番テーブル、ピラピラピラフ、ツー。すこーんと青空サラダ、ワン。あさりのあっさりスープ、ツー。猛獣ジュース、ワンお願いします」
 ずっと憧れていたウエイトレスも、やってみると肉体労働の上に給料は安いし案外色気はないってことがわかった。店長はいつまでたっても私の苗字を間違って言うし、セクハラする客はいるしで、イメージと全然違った。
 あと少しで八時。もうちょっとであがれる。それまで頑張らなくちゃ。
「あ、下野さん、ちょっといい?」
「シモツケです、店長っ」
「ハイハイ、あのね、これから交代する予定だった深夜の子が遅れるっていうのよ。一時間だけでいいから残業してくれない?」
 もうクタクタなんですけど・・・っていう言葉の代わりに私は、
「いいですよ、別に」
 って答えてた。頼まれたら断れないのは私の一番悪い癖。バイトあがりにクラスメートの紅葉たちとカラオケに行く約束してるのに。
  Pm 4:00~9:00 Part-time job

「遅くなってごめーん」
「鞠、ほんっと遅いよ。八時にはバイト終わるって言ってたじゃん」
 紅葉がほっぺたを膨らませて言った。今日は紅葉の誕生日会も兼ねてのカラオケ。みんなはこっそりビールを持ち込んで飲んでいて、赤い顔して笑ってた。
「鞠も飲みなよ」
「う、うん」
 私は動揺を悟られないように、紅葉から缶ビールを受け取った。実は今日が初ビール。十七歳、高校二年にして。遅いって、だっさーって言われるのがオチだから、誰にも言わなかったけど。だって、この年にもなればほっとんどの子が、イケナイよって大人達が言うことは大体経験済み。あたしはその一つに今日、一歩足を踏み入れた。
「ウ、ウエッ」
「鞠、どした?」
「に、にがい」
「はあ~?あ、もしかして・・・お酒飲むの初めて、とか?」
「んなわけないじゃん」
 私は慌てて缶ビールを一気に飲み干した。そして心の中だけで叫んだ。ビールってにがいー。おいしくないー。うえー。
「鞠、変な顔してないで歌おうよっ」
「うん・・・歌おう。歌ってしまおう・・・」
 pm9:20~1:00 karaoke

「じゃまたねー」
「明日一時間目休むかも~」
「あははっ、おやすみ~」
 笑顔終了。ああ、気持ち悪い。胃の中がおかしいよ。ビール君、外へ出たいって?まだだめっ。ストレス発散しようと思ったのにこれじゃ逆効果だったよ。とほほ。もうビールは飲まない。決定。
 ガチャリ。ソローリソローリ・・・。ママに見つかりませんように・・・。
「あっ鞠っ、どこほっつき歩いてたの!こんな夜中まで!」
 うわあ~。鬼の角にょきにょきのママがネグリジェ姿で台所に仁王立ち。私、しどろもどろ。
「バイトで残業してて・・・」
 そう言いながらママを大きく迂回しながら二階の自室へ行こうとすると、
「高校生は九時までしか働けないんだったわよねえ」
 と、低い声が背中越しに聞こえた。
「それに・・・あらあ~?お酒臭いわねえ~」
 ええっ、あのあとはジュースばっかり飲んでいたし、ガムも飴も食べたのに効果なし・・・?
「そ、そんなことないよ、コンビニで奈良漬買って食べたせいかもっ」
「ちょっと鞠っどこのコンビニよ、奈良漬なんて売ってるのは・・・コラ待ちなさいっ」
 あたしは聞き終わる前に自分の部屋の扉をバタンと思いっきり閉めた。鍵がついていないから追ってこられたら一巻の終わり・・・と思っていたけど、ママはそのまま寝室に帰っていったようだ。
 いいじゃんいいじゃんもう十七だし・・・。言えない言葉を胸の奥に押し込んで、青いソファに沈み込む。十七歳って、でもどうなの?大人じゃないのは確かだけど、もう子供でもない。本当は、私には、どこまでが許されているの?
 ああ、もう二時じゃん。ゲロゲロ。このまま寝ちゃおうか、それとも・・・うん、やっぱり寝ない。寝たら明日の朝絶対後悔する。書きかけの小説、もう少しで結末が見えそうだから書いちゃおう。そして月末の新人賞に間に合うように送ろう。
 今頑張れば、きっと。
 Pm2:00~am4:30  writes a novel

 目玉がずどーんって重くなって、胃がズキズキしだして、私はパソコンの電源を切った。  着ている服を全部脱いでベッドに体を投げ出すと、すぐに眠りが私の体の隅々まで浸透していって、深い深いところに落ちていくのを感じた。
 そういえば、今日って何曜日・・・?
 Am4:30~7:00 sleeps deeply

 ピピピピピピピピピピピピピ
 うるさーい・・・。
 ピピピピピピピピピピピピピ
 誰かなんとかしてよ・・・うるさいよ。
「うるせえっ姉ちゃん早く起きろ!遅刻してもしらねーぞ!」
 耳元でがしゃんと乱暴に目覚まし時計を止める音がして、イヤイヤながら目を開けると、弟がもう制服に着替えて立っていた。
「あーもう、桃太郎ノックしてから入ってよ」
「何回もノックしたのに返事がないからこうやって入ってきたんだろ」
「ハイハイわかったわかった、着替えるから出てって」
「起こしてやったんだから感謝くらいしろってんだ。あ、あと昨日の夜にまた梅原さんから電話あったぞ。実家にまでかけてくるなんて、あいつ結構しつこいな。その気がないならさっさと断れよ」
「もー人のことに口出ししないでよ、早く出てけっつうの」
「トイレは俺が先に行かせてもらうからな」
「えーっ、アンタ長い上に臭いからヤダ」
 私が言い終わらないうちに、桃太郎は部屋を出て行った。そしてすぐにトイレのドアを開ける音がした。上半身だけベッドから起こして、まぶしい朝日が入ってくる窓際を眺めたら、あーあ、ってため息が出た。
今日も一日が始まる。私にはやることが山ほどあるのだ。
「おはよ、鞠」
「おはよー。眠いよー」
「昨日のメンバー、あたしたち以外全員仮病でサボりだってさ。かったるいって。根性ないよねえ」
 紅葉が大きな口を開けて豪快に笑った。頬が初秋の光を浴びててかてか光っている。紅葉は体力あるなあって、その横顔を見ながら思った。
「私も休みたいよ」
「でも、鞠は文化祭の実行委員だもんね。偉い偉い」
「成り行きだよ。引き受けちゃって大後悔・・・あれ?紅葉、髪の毛いつ染めたの?そんなに赤かったっけ」
「茶髪にも飽きたしねー。鞠もいい加減染めたら?」
「いいよ、両親の寿命を縮ませるだけだし・・・あ、ごめん、携帯鳴ってる」
 ディズニーシールをぺたぺた貼った携帯をバッグの底から探し出して、相手も確かめずに出た。
「はい、あ、どーも。昨日電話くれたみたいで・・・いえ、ちょっとバイトで。はい。あ、じゃあ・・・え?明日ですか?えーっと、いいですよ。はい、じゃあ二時に駅前で、はい」
「誰?」
 背の低い紅葉が、大きなどんぐりまなこで私を見上げている。可愛いなあ。私なんてただでかいだけだもんな。
「えーっと、名前なんだっけ・・・生徒会長の・・・」
「梅原先輩?」
「そうそう。学校で話してくれればいいのにうっかり教えちゃったもんだから携帯に・・・」
「えーっ、梅原先輩かっこいいじゃん。実行委員会つながり?」
「うん、でも、しつこいよ?あの人。メールムシってたら家電にまでかけてきたんだよ。教えてもいないのにさあ。どこから調べたんだろう」
「告られたの?」
「うーん、一週間くらい前に。よく知らないし、って断ったら、毎日メールと電話だよ?かなりウザイ」
「で、デートに誘われた、と」
「うん・・・面倒臭い」
「もったいなーい。うらやましーい」
「紅葉には他校のかっこいい彼氏がいるでしょ」
 私が言うと、紅葉はマンネリだもん、ってそっぽを向いた。色々あるらしい。でも、好きな人と付き合えるなんてそうそうないよ。私はそっちの方が何倍も羨ましい。
「日曜日も実行委員会あるんじゃないの?今、大詰めなんでしょ?」
「うん、でも日曜は午前中に入場門の取り付けがあるだけだから平気」
「バイトは?」
「夕方からあるけど、それを口実に早めに切り上げるから全然余裕」
「そっか。もう、その気がないならはっきり断りなよ?あ、このままのペースで歩いていたら遅刻かも!」
 紅葉が携帯の時計を見ながら、小走りになる。
「あっ、今週遅刻撲滅週間じゃんっ、生活委員に見つかったら一週間トイレ掃除らしいよ!」
「うわっ、紅葉、走ろう!」
 pm9:00~3:45 School life
pm4:30~8:30 executive committee

「うーん、何を着ていこう」
 鏡の前で悪戦苦闘。特に楽しみでもないけど、一応デートだし。適当な服、ってどんな服だろう。この選んでいる時間がもったいないのになあ。
 ピピピッ
「あ、京子?どした?番号変えた?うん、へーいいな。私も早く機種変したいな。え?彼氏と別れた?原因は?泣かないで話してみて?うん・・・うん・・・。それはその男が悪いよ。合コン行ったんでしょ、有り得ないよ。京子のせいじゃないって・・・なーかーなーいーのっ」
 pm9:30~11:30 calls with the friend
ピッ。
 恋する乙女に悩みはつきものなのね・・・。その点私は楽だわ。京子、携帯代大丈夫かな。私は受けるだけだからいいけど・・・でも私も梅原先輩から一日に何通もメールが入ってくるから、返さなくても結構かかっちゃってる。もー、勘弁して。明日は絶対はっきり断らなくちゃ。そういえば明日って何曜日だっけ。あっ、来週の文化祭で美術部の部展やるんだ!絵、半分もできてない・・・。また今夜も眠れないな・・・。
 Pm11:45~am4:00 The picture is drawn
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