先輩とわたし



部室にはまだ明かりが灯っている




ドアをノックした


「はい」


いつもの橘先輩の声が返ってきたのを確認して、
緊張で手が震えるのを気づかないフリしてドアを開けた






「橘先輩」


部員だと思っているのか、ドアが開いてもこっちを見ない先輩を呼んだ

パッと顔を上げた先輩の顔は、あまり驚いた表情を見せなかった。





「...... 愛ちゃん」



こっちを向いた先輩の顔は少し、疲れているようにも見えた
無理して、口の両端を上げている気がした



そんな先輩の顔を見ると、
何かが緩んだ、気がした


それと同時に ブワッと目から涙が溢れてきた

涙でよく先輩の顔が見えない



「え、何で泣いてるの!どうした!」


こっちに近寄ってきて
私の目の前でしゃがんだ

隠すように手で覆って、下を向いている私の表情を読み取るように。




手をのけて、先輩の顔を見ると
眉を下げて目を細めて心配そうにしている先輩がいた







そんな先輩を見ただけで


好きだって、大好きだって、想いが

一気に溢れてきて、止まらなくなって、言葉に変わった

言わずにはいられなかった







「先輩...... 好きです。」









先輩は ハッとした表情に変わって
日焼けした、小麦色の力強い腕を私に回した



「せ、んぱい」





びっくりして涙も止まる



すると先輩は 体を離して、私の肩より下、二の腕を優しく掴んで私の顔をしっかりと見て言った






「ありがとう。でも、ごめん。」





「......え?」


「俺、まだ返事はできない。話しておかなきゃいけない人がいる。それまで、待っててほしい」



こっぴどく振られるものだと思った

泣いている自分がみっともなくて、抱きしめたんだと思った




だけど、ちがう

待っててほしいって、言ってくれた



こんな真剣な目を、しっかりと私に向けられたのは初めてだった

野球をしている時と、同じ、でもすこし優しさを含んだ目をしている







「待ってます。ずっと待ってます......!」






止まっていた涙がまた想いと一緒に溢れた




< 20 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop