サガシモノ
松田邦夫と武田陽太のうるさいくらいの笑い声が聞こえて来る。


「あーあーびしょ濡れだな」


ようやく水を止めて五十嵐孝が飯田アキラを見下ろした。


飯田アキラは何も言わずその場に座り込んだまま動こうとしない。


抵抗する気力もなさそうだ。


「お前さ、なんで何にも言わねぇの?」


五十嵐孝が飯田アキラの前にしゃがみ込んでそう聞いた。


飯田アキラは顔を上げようともしない。


「聞こえてるんだろ?」


五十嵐孝は飯田アキラの前髪を掴んで無理やり顔をあげさせた。


前髪から水がしたたり落ちて来る。


飯田アキラの目が五十嵐孝を捕らえた。


その目には恐怖も絶望も、怒りも悔しさもなにも宿していなかった。


まるで感情のない人形みたいで、身震いをした。


その目に怯えたのは五十嵐孝の方だった。


「お前、気持ち悪いんだよ!」


そう怒鳴ると、勢いよく立ち上がり、飯田アキラの顔を蹴ったのだ。
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