俺が彼女に会えない理由
そう言って、風花のお父さんは、キャッチボールを教えてくれた。

あるとき、ガレージで車の手入れをしているお父さんのそばに行ったら、何かを探していた。

「何を探しているんですか?」と聞くと、「モンキーレンチだよ」と答えが返って来た。

その瞬間、?が頭の中いっぱいに埋め尽くされた。
そのときは、モンキーレンチなるものが、どういう物かを知らなかったのだ。

かといって、聞くのも恥ずかしかった。

だから、とりあえず、一緒に探すフリをしていたのだが、

「あ、あった」とお父さんが拾い上げた物は、俺のすぐ足元に落ちていた。

目に入っていながら、それがモンキーレンチだと知らなかった自分を恥じた。

「冬弥くん、これがね、モンキーレンチっていうんだよ。ボルトを締め付けたり、外したりするときに使う工具なんだよ。他にも、いろんな工具があるから、見てみるかい?」

それで、初めてモンキーレンチという工具を初めて知ったのだった。

家には車も父親もなく、工具を見たことも触ったこともないことを知られるのが怖かった。

けれど、お父さんは優しく教えてくれた。
「モンキーレンチってサルみたいな名前だな」とお腹の底から響く笑い声をあげながら。
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