私に恋してくれますか？

仕事が終わる頃、トオルくんの家まで足立先生が迎えに来た。
トオルくんが不機嫌な顔で私の前に立つ。

足立先生はトオルくんをスルーして、
「いこう、雛子ちゃん」とため息をつく。

「どうしたんですか？
待ち合わせはホテルのはずでしたけど？」と驚くと、

「水城さんがホテルの部屋をチェックアウトして、
雛子ちゃんは引っ越すって聞いたから。」と私の顔を覗く。

私は驚いて、
「引越し屋さんはまだ来ませんけど…。」と言うと、

「水城さんが…。
…ああ、もう、あの人
誰の味方かわからねーな。
俺は、今晩雛子ちゃんを口説くつもりだったのに…
昨日、やっぱり押し倒しとくべきだったなあ」と頭をかいて、少し笑った声を出した。



「ピーコ、今日から引っ越すのか？
それに、なんで、ヤブ医者がここに来てんだよ？！
おまけに押し倒すってなんだよ！！」とトオルくんが声を出す。

やれやれ。

「…押し倒すって言うのは足立先生の冗談ですし、食事の約束をしていただけです。
…引越しする予定が2日早まっただけですね。
トオルくん、引っ越し先の自分の部屋に着いたら、連絡します。
明日までは出勤もしますし…」とバックを持つと、

「３人とも招待されてるよ。雛子ちゃんの実家。
雛子ちゃんのお母さんに…。」と足立先生はトオルくんを指差す。

「おれも？」とトオルくんは間抜けな顔をする。

「そ。
お前と俺と雛子ちゃん。
如月くん夫婦が遊びにくるんだってさ。」

…すぐに引っ越すんじゃなくて、食事会？

「すごいな雛子ちゃんのお母さんって
ものすごく、天然？
『雛子がいつもお世話になってるから。』とか電話が来たら、
喜んで。って言うしかないだろう。
…ちなみに皐月さんと、社長は仕事だよ。
たぶん、社長は参加したくないだけだと思うけど…」と足立先生が更に笑った


天然？
母はきっと『天然』の振りが上手いだけだ。

伊達にルピナスの創業者の娘じゃない。
決められた相手との婚約を破棄し、
あの父と結婚して、思うように操って
ルピナスをさらに大きく発展させてきているのだから…。

あの家で1番怖いのはきっと母だ。

私はそっと思うだけにしておいた。