犬と私の1年間
犬との関係。
「柚月さん大丈夫? はい水……」
「むぅぅ……いらない…………」
「ダメだよ。飲まなきゃ。それに何でビールなんて飲んじゃうんだよ。アルコールはダメでしょうが」
「ビールなんて飲んでないよぉ。ウーロン茶だもん……うふふふ……」
「取りあえず、水! はい!!」
無理矢理にコップを渡されて、仕方がなく一口飲むと、冷たくて美味しくて、全て飲み干してしまった。
「おいし~い……」
「こんな事なら、柚月さんは連れて行くんじゃなかった」
「酷い! 凪の悪魔!」
「どっちが……」と小さく呟いた凪の囁きを私は聞き逃さない。
「悪魔! 鬼! 失踪魔! バカ! アホ! 犬!」
ため息をついている凪に更なる言葉を投げかけようとして、ソッと手で口を塞がれた。
「深夜だし、近所迷惑だよ」
「モゴモゴモゴ(バカ! 止めろ! 犬男!)」
「まだ何か言ってるし……」
「モゴモゴモゴモゴ(いいじゃん! 1人で寂しかったんだ)」
「静かにしないとキスするけどいい?」
「モ…………」
「ほら、嫌なんだ。僕、女心がわかんないや。今日、好きって言ってくれたのに、先輩と仲良さそうにずっと話してたでしょ?」
先輩? 誰それ?
「凪が居なかったら、俺と付き合ってって言うのに。とか言われて笑ってたでしょ?」
そんな事言われたっけ? 確かにずっと楽しくて嬉しくて幸せで笑ってた気がするけど……。
「柚月さんって、ううん女ってわからない。もう寝た方がいいよ」と私から離れ、凪は自室へと引き上げていった。
女心がわからない?
そんな事を言うのなら、男心、それ以上に凪の方がわからない。
私よりもみんなを大切にする凪の方がわからない。
「凪の大バカヤロー!!」
私は凪の失踪後、初めて大声で不満を叫んだ。
「頭痛い……」
目覚まし時計の音がやけにガンガンと頭に響く。
それでも、日課の茶トラ達の散歩がある――そう思って無理矢理体を起した。
防寒着をまとい、散歩の用意をしようとして、庭に茶トラと灰色狼が居ない事に気づいた。
「茶トラ! 灰色狼!」
2匹まで私を置いて出て行ってしまったの? そんなのってない……。
そこまで考えて思いだした。
「凪が帰って来たんだった……そうだ! 帰って来たんだ!」
私の代わりに久々に散歩に連れて行ってくれたんだろう。
そんな小さな行為でも、本当に帰って来たのだな、と実感出来て嬉しい。
今までは交代して当たり前だと思っていた犬の散歩を交代出来る、その当たり前が幸せなんだと感じる。
本当に大切な物は目に見えない――この一節は確か『星の王子さま』だ。
今までは子供向けの本として、読みこんだ事がなかったけれど、これを機会に読み返してみるのもいいかも知れない。
私は1人浮かれ気分でキッチンへ向かった。
今日は凪の好きなベーコンエッグを作ってあげよう。贅沢にもベーコン2枚、卵2個だ。
こんな風に、誰かの為に作るご飯は楽しい。
そんな気持ちも初めて知った。
今日の講義は2限からの私と違い、サボリにサボッた凪は、朝食をかきこむ様に食べ、走って学校へ向かった。
多分、友達に謝り倒した上で、ノートなんかを借りるんだろう。
「本当に、後期の試験前で良かったよ……」
折角綺麗に焼けたベーコンエッグを丸呑みにし、慌ただしく出て行った事には少し腹が立つけど、前ほどでもない。
もう、凪の言動には慣れきってしまった。
好きだと言い合ったって、私達は変わらない。
私はやっぱり私で、凪はやっぱり凪で。
急激に変わらなくてもいい。私達にはお互いのペースがある。それがしばしばかみ合わなくて、昨日みたいな喧嘩にもなるけど、そもそも出会い方すら少し変わっている私達なので、普通の恋人同士みたいな普通の事はしなくても平気。
ゆっくり、ゆっくりと認め合って信じていこう。
その先のそれ以上の事は、まだ少し考えたくない。
同居以上同棲未満、そんな関係だってありだよね?
「ないよ!」
雅に凪が帰って来た事を話し、ついでに今の私達の関係を話すと、凄い勢いで怒られた。
「え? ダメ?」
「ダメに決まってるじゃん! 何それ住み込みの家政婦? そんな関係を望んでるの? それともお母さんにでもなったつもり?」
痛い。真実が織り交ぜられているだけに痛い。
「昨日、キスするよって言われたんでしょ? 何でいいよって言わないのよ?」
「言える訳ない!」
「どうして?」
「え? だって相手は凪だよ? そんなキスとか……」
段々と小声になってくる。あの凪を相手にあんな事やこんな事をするなんて、そんなのは想像の範囲外だ。
そう思ってしまう時点で、やっぱり普通の男女の関係は無理なのかな? とも思う。
好きだけど、具体的な行為は気乗りしない、とか。気乗りしないって言うかまだ嫌って思っちゃうとか。
ゆっくりゆっくり今のまま、進みたいと思ってしまう。
「失踪した時に、あんなにも凪が好き~! って叫んでいた情熱はどこへ行ったのよ?」
「叫んでないし!」
「今にまた後悔するよ」
彼氏持ちの助言なだけに怖い。でも凪との関係が変わるのはもっと怖い。
私の反応の悪さに苛立ったのか、雅が大きなため息をついた。
そのまま立ち去るのかと思いきや「凪君て何学部?」と聞いてきたので「経済」と普通に答えてしまった。
このままの関係だと後悔する?
どうして?
でも嫌。
そんな事を考えていた私は、雅が立ち去った方角が自分達の講義室とは逆方行である事に全く気づかなかった。
「むぅぅ……いらない…………」
「ダメだよ。飲まなきゃ。それに何でビールなんて飲んじゃうんだよ。アルコールはダメでしょうが」
「ビールなんて飲んでないよぉ。ウーロン茶だもん……うふふふ……」
「取りあえず、水! はい!!」
無理矢理にコップを渡されて、仕方がなく一口飲むと、冷たくて美味しくて、全て飲み干してしまった。
「おいし~い……」
「こんな事なら、柚月さんは連れて行くんじゃなかった」
「酷い! 凪の悪魔!」
「どっちが……」と小さく呟いた凪の囁きを私は聞き逃さない。
「悪魔! 鬼! 失踪魔! バカ! アホ! 犬!」
ため息をついている凪に更なる言葉を投げかけようとして、ソッと手で口を塞がれた。
「深夜だし、近所迷惑だよ」
「モゴモゴモゴ(バカ! 止めろ! 犬男!)」
「まだ何か言ってるし……」
「モゴモゴモゴモゴ(いいじゃん! 1人で寂しかったんだ)」
「静かにしないとキスするけどいい?」
「モ…………」
「ほら、嫌なんだ。僕、女心がわかんないや。今日、好きって言ってくれたのに、先輩と仲良さそうにずっと話してたでしょ?」
先輩? 誰それ?
「凪が居なかったら、俺と付き合ってって言うのに。とか言われて笑ってたでしょ?」
そんな事言われたっけ? 確かにずっと楽しくて嬉しくて幸せで笑ってた気がするけど……。
「柚月さんって、ううん女ってわからない。もう寝た方がいいよ」と私から離れ、凪は自室へと引き上げていった。
女心がわからない?
そんな事を言うのなら、男心、それ以上に凪の方がわからない。
私よりもみんなを大切にする凪の方がわからない。
「凪の大バカヤロー!!」
私は凪の失踪後、初めて大声で不満を叫んだ。
「頭痛い……」
目覚まし時計の音がやけにガンガンと頭に響く。
それでも、日課の茶トラ達の散歩がある――そう思って無理矢理体を起した。
防寒着をまとい、散歩の用意をしようとして、庭に茶トラと灰色狼が居ない事に気づいた。
「茶トラ! 灰色狼!」
2匹まで私を置いて出て行ってしまったの? そんなのってない……。
そこまで考えて思いだした。
「凪が帰って来たんだった……そうだ! 帰って来たんだ!」
私の代わりに久々に散歩に連れて行ってくれたんだろう。
そんな小さな行為でも、本当に帰って来たのだな、と実感出来て嬉しい。
今までは交代して当たり前だと思っていた犬の散歩を交代出来る、その当たり前が幸せなんだと感じる。
本当に大切な物は目に見えない――この一節は確か『星の王子さま』だ。
今までは子供向けの本として、読みこんだ事がなかったけれど、これを機会に読み返してみるのもいいかも知れない。
私は1人浮かれ気分でキッチンへ向かった。
今日は凪の好きなベーコンエッグを作ってあげよう。贅沢にもベーコン2枚、卵2個だ。
こんな風に、誰かの為に作るご飯は楽しい。
そんな気持ちも初めて知った。
今日の講義は2限からの私と違い、サボリにサボッた凪は、朝食をかきこむ様に食べ、走って学校へ向かった。
多分、友達に謝り倒した上で、ノートなんかを借りるんだろう。
「本当に、後期の試験前で良かったよ……」
折角綺麗に焼けたベーコンエッグを丸呑みにし、慌ただしく出て行った事には少し腹が立つけど、前ほどでもない。
もう、凪の言動には慣れきってしまった。
好きだと言い合ったって、私達は変わらない。
私はやっぱり私で、凪はやっぱり凪で。
急激に変わらなくてもいい。私達にはお互いのペースがある。それがしばしばかみ合わなくて、昨日みたいな喧嘩にもなるけど、そもそも出会い方すら少し変わっている私達なので、普通の恋人同士みたいな普通の事はしなくても平気。
ゆっくり、ゆっくりと認め合って信じていこう。
その先のそれ以上の事は、まだ少し考えたくない。
同居以上同棲未満、そんな関係だってありだよね?
「ないよ!」
雅に凪が帰って来た事を話し、ついでに今の私達の関係を話すと、凄い勢いで怒られた。
「え? ダメ?」
「ダメに決まってるじゃん! 何それ住み込みの家政婦? そんな関係を望んでるの? それともお母さんにでもなったつもり?」
痛い。真実が織り交ぜられているだけに痛い。
「昨日、キスするよって言われたんでしょ? 何でいいよって言わないのよ?」
「言える訳ない!」
「どうして?」
「え? だって相手は凪だよ? そんなキスとか……」
段々と小声になってくる。あの凪を相手にあんな事やこんな事をするなんて、そんなのは想像の範囲外だ。
そう思ってしまう時点で、やっぱり普通の男女の関係は無理なのかな? とも思う。
好きだけど、具体的な行為は気乗りしない、とか。気乗りしないって言うかまだ嫌って思っちゃうとか。
ゆっくりゆっくり今のまま、進みたいと思ってしまう。
「失踪した時に、あんなにも凪が好き~! って叫んでいた情熱はどこへ行ったのよ?」
「叫んでないし!」
「今にまた後悔するよ」
彼氏持ちの助言なだけに怖い。でも凪との関係が変わるのはもっと怖い。
私の反応の悪さに苛立ったのか、雅が大きなため息をついた。
そのまま立ち去るのかと思いきや「凪君て何学部?」と聞いてきたので「経済」と普通に答えてしまった。
このままの関係だと後悔する?
どうして?
でも嫌。
そんな事を考えていた私は、雅が立ち去った方角が自分達の講義室とは逆方行である事に全く気づかなかった。