犬と私の1年間
犬の予定?
「う~ん……」
1人寂しく夕食を食べながら、目の前の空いている席を見つめる。
「最近の凪、何かヘンだ」
失踪(遠洋漁業)から帰った凪。学校が忙しいのは分かるけど、バイトが忙しいのも分かるけど、いつもはバイトが休みの日でも、最近、姿を見ない。
一緒に暮らしているにも関わらず……だ。
家には寝に帰って来るだけで、早朝の茶トラ達の散歩を済ませたら、学校に駆けて行くし、そのまま深夜まで帰らず、私が寝静まった後に帰ってきて、私が起きる前にまた出かける。
何をしているのか聞きたくても、相手が姿を見せないので、聞く暇すらない。
凪には凪の交友や生活があるし、私には私の生活がある。
それを口出しするつもりはないけれど、流石にここまですれ違い生活が続くと寂しい。
一応、付き合ってるのだし、少しぐらい私の事を気にしてくれてもいいと思う。
こんな生活だったら、付き合う前の方が幸せだった。
本当に寂しいよ、凪。
「柚月ちゃんは、クリスマスの日、夜勤いけるかな?」
クリスマスを目前に控えたある日。バイト先の店長に遠慮がちに聞かれた。
「私、その日、夜のシフト入ってましたっけ?」
「いや、柚月ちゃんは昼なんだけど、夜のシフト、全然誰も入ってくれないんだよね。で、入ってくれたら嬉しいなあ……と」
「え~っと……」
クリスマスか、と考える。
私にも一応、彼氏と言ってもいい存在らしき人間はいる。
でもその人間は最近忙しそうで、私の事など相手にしていない。むしろ姿すら見せていない。
そんな状態だから、クリスマスの予定なんて素敵な物はなかった。
クリスマスの日。街はイルミネーションの美しい光に彩られ、家庭は温かい雰囲気に包まれる。その中で私は1人、味気ない夕食を食べて、ひたすら凪が帰って来るのを待つ。
想像しただけで虚しい。
それならいっそ、人助けをかねて働いてもいいかも知れない。
「別にいいですよ。夜シフトに変更でも」
私がそう言うと、よほどの人材不足だったのか、店長の顔が輝いた。
「ありがとう! ありがとう! いや、柚月ちゃんみたいに可愛い子は絶対に彼氏との予定が入ってるだろうなって聞けなかったんだよ! 本当にありがとう!」
「いえ……別に……」
遠まわしに「彼氏と予定のない寂しい子」認定を受ける。
「本当に、日本人ってキリスト教徒でもないくせに、クリスマス、クリスマスって言い過ぎ。ね? 柚月ちゃん?」
「そうですね……」
店長の発する言葉の一音一音が私の心をえぐっていく。
「柚月ちゃんが予定なくて本当に良かった! 宜しくね!」
スキップしそうな勢いで店長はバックルームに入って行った。
早速シフト表を作り直すのだろう。
私はその後、30分ほど、立ち直るのに時間がかかった。
「え? 柚月さん、バイト入ったの? 何で!?」
翌日の朝食の席で、珍しく凪の姿を見た。
今日は予定がないらしく、のんびりと朝食を食べているので、私は久々に相席をして、何となく昨日の店長との会話を凪に話した。その話の途中で、凪が席を立って焦り出したのだ。
「凪、食べてる最中に立たない。後、箸を人に向けない」
「……はい。ってそうじゃなくて! 何でクリスマスの日にバイト入れちゃうの?」
「店長が困ってるみたいだったし、それに特に予定もなかったし」
呆然とした顔で座り込む凪を見て、私は取り返しのつかない失敗をした事にようやく気づいた。
「あの……凪?」
もしかして、何か予定立ててくれてたの? と聞けない。凪の顔色を見ればわかる。
それなら一言ぐらい言ってくれれば私だって、昼シフトのまま絶対に変更なんて受けなかったのに。
ずっとずっと、遠洋漁業も含め、放っておかれるのはいつも私だ。
好きだという認識は生まれているけど、付き合っている認識を与えてくれない凪が悪い。
全面的に凪が悪いと思いたいけれど、魂の抜けてしまった凪にその言葉をかけれない。
どうしたらいいのだろう?
その後、私達は目も合わせず、会話もせず、朝食を無言で食べ続けた。
「はぁ! バイト入れた!」
何だかニヤニヤしながら、雅が「クリスマスのご予定は?」と尋ねてきたので、私は店長との会話の件から説明した。そして物凄い形相で睨まれた。
「うん。だって、最近の凪、忙しそうだったから、1人ぼっちのクリスマスよりは、バイト入った方がマシだと思って」
「ジーザス!」
「そこまで?」
何かマズイ事を? と聞く前に指をビシッと向けられた。
「柚月! 何で凪君が忙しいのか? とか考えた事無かった訳?」
「え? そりゃあ、あったけど……」
「何でだと思ったの?」
「え? 遠洋漁業のつけで、物凄くバイトと学校が忙しいのかなあって……」
姿すら見かけないのだから、真相を知る由もなかった。
人には分かりずらいかも知れないが、これでも私は物凄く反省しているのだ。
「あ~あ。凪君可哀想。可哀想過ぎる……。私、わかったわ」
「何が?」
「あんた達が、同棲していながらも、全然進展しない訳」
「ちょっ……静かに! それに同棲じゃなくて同居」
ビシリと向けられた指で鼻の頭をグイグイ押される。
「ちょ……痛い!」
「凪君も大概マイペースだけど、あんた! あんたも彼氏の気持ちを理解してない! 男心が分かってない! 経験値不足。自分勝手。マイペースに自己完結する」
それは……言い過ぎだけど、当たってる。
恋愛に対する経験値不足は理解しているし、マイペースに物事を進めて、自分が納得したらそれでお終いにしてしまうのが自己完結というならそうだ。
一般的な男心すら理解できない私が、その斜め上をいく凪の心情なんて理解できる訳がない。
犬を飼い始めたのだって、同居だって、いつでも私の想像を遙かに超えて行ってしまう凪。そんな凪が普通の恋人同士のように普通にクリスマスを祝う予定だったなんて、考えつかなかった。
その考えつかなさが、最大の理由なのだけれど。
「凪君も、マイペースに行きたい方へ行くし、あんたもマイペースに行きたい方へ行く。で、同じ道ならいいんだけど、あんた達は、いつも反対方向へ向かおうとする! それが! 原因よっ!」
最後に指で鼻に思い切りデコピン(鼻ピン?)された。
「いたっ! ちょっと酷くない?」
「言っておくけど、あんたの凪君への仕打ちの方がよっぽど酷いよ。ああ、可哀想」
あまりにも当たり前のように私と凪の性格をバサリと切るので気づかなかったが、私は正式に雅に凪を紹介した事がない。
「雅、何で凪の事そんなに知ってるの? 会った事あるの?」
「ああ、言ってなかったっけ? 私、凪君とメールしてる」
「え?」
「この前、聞いたじゃん。凪君って何学部だったっけ? って。その後、経済学部まで会いに行ったもん」
「え? 本当に?」
雅の行動力への認識が甘かった。まさか違う学部の会った事もない男子生徒に直撃しに行くとは思いもしなかった。
「で、柚月の親友で~す。何かお困りですか~? って聞いたら……」
「き……聞いたら?」
「これ以上は私の中のプライバシーポリシーに違反するから言えない。本当に何とかしなさいよ!」
言うだけ言って、雅は何事もなかったかのように去って行った。
プライバシーポリシーに違反する?
じゃあ、その規約みせて下さい! と言いたい。
私に対するプライバシーは、もう凪の方へ公開されたのだろうか?
凪には言えないあれこれを言われていたらどうしよう、とクリスマスの予定を何とかするよりも、そちらの方が心配だった。
1人寂しく夕食を食べながら、目の前の空いている席を見つめる。
「最近の凪、何かヘンだ」
失踪(遠洋漁業)から帰った凪。学校が忙しいのは分かるけど、バイトが忙しいのも分かるけど、いつもはバイトが休みの日でも、最近、姿を見ない。
一緒に暮らしているにも関わらず……だ。
家には寝に帰って来るだけで、早朝の茶トラ達の散歩を済ませたら、学校に駆けて行くし、そのまま深夜まで帰らず、私が寝静まった後に帰ってきて、私が起きる前にまた出かける。
何をしているのか聞きたくても、相手が姿を見せないので、聞く暇すらない。
凪には凪の交友や生活があるし、私には私の生活がある。
それを口出しするつもりはないけれど、流石にここまですれ違い生活が続くと寂しい。
一応、付き合ってるのだし、少しぐらい私の事を気にしてくれてもいいと思う。
こんな生活だったら、付き合う前の方が幸せだった。
本当に寂しいよ、凪。
「柚月ちゃんは、クリスマスの日、夜勤いけるかな?」
クリスマスを目前に控えたある日。バイト先の店長に遠慮がちに聞かれた。
「私、その日、夜のシフト入ってましたっけ?」
「いや、柚月ちゃんは昼なんだけど、夜のシフト、全然誰も入ってくれないんだよね。で、入ってくれたら嬉しいなあ……と」
「え~っと……」
クリスマスか、と考える。
私にも一応、彼氏と言ってもいい存在らしき人間はいる。
でもその人間は最近忙しそうで、私の事など相手にしていない。むしろ姿すら見せていない。
そんな状態だから、クリスマスの予定なんて素敵な物はなかった。
クリスマスの日。街はイルミネーションの美しい光に彩られ、家庭は温かい雰囲気に包まれる。その中で私は1人、味気ない夕食を食べて、ひたすら凪が帰って来るのを待つ。
想像しただけで虚しい。
それならいっそ、人助けをかねて働いてもいいかも知れない。
「別にいいですよ。夜シフトに変更でも」
私がそう言うと、よほどの人材不足だったのか、店長の顔が輝いた。
「ありがとう! ありがとう! いや、柚月ちゃんみたいに可愛い子は絶対に彼氏との予定が入ってるだろうなって聞けなかったんだよ! 本当にありがとう!」
「いえ……別に……」
遠まわしに「彼氏と予定のない寂しい子」認定を受ける。
「本当に、日本人ってキリスト教徒でもないくせに、クリスマス、クリスマスって言い過ぎ。ね? 柚月ちゃん?」
「そうですね……」
店長の発する言葉の一音一音が私の心をえぐっていく。
「柚月ちゃんが予定なくて本当に良かった! 宜しくね!」
スキップしそうな勢いで店長はバックルームに入って行った。
早速シフト表を作り直すのだろう。
私はその後、30分ほど、立ち直るのに時間がかかった。
「え? 柚月さん、バイト入ったの? 何で!?」
翌日の朝食の席で、珍しく凪の姿を見た。
今日は予定がないらしく、のんびりと朝食を食べているので、私は久々に相席をして、何となく昨日の店長との会話を凪に話した。その話の途中で、凪が席を立って焦り出したのだ。
「凪、食べてる最中に立たない。後、箸を人に向けない」
「……はい。ってそうじゃなくて! 何でクリスマスの日にバイト入れちゃうの?」
「店長が困ってるみたいだったし、それに特に予定もなかったし」
呆然とした顔で座り込む凪を見て、私は取り返しのつかない失敗をした事にようやく気づいた。
「あの……凪?」
もしかして、何か予定立ててくれてたの? と聞けない。凪の顔色を見ればわかる。
それなら一言ぐらい言ってくれれば私だって、昼シフトのまま絶対に変更なんて受けなかったのに。
ずっとずっと、遠洋漁業も含め、放っておかれるのはいつも私だ。
好きだという認識は生まれているけど、付き合っている認識を与えてくれない凪が悪い。
全面的に凪が悪いと思いたいけれど、魂の抜けてしまった凪にその言葉をかけれない。
どうしたらいいのだろう?
その後、私達は目も合わせず、会話もせず、朝食を無言で食べ続けた。
「はぁ! バイト入れた!」
何だかニヤニヤしながら、雅が「クリスマスのご予定は?」と尋ねてきたので、私は店長との会話の件から説明した。そして物凄い形相で睨まれた。
「うん。だって、最近の凪、忙しそうだったから、1人ぼっちのクリスマスよりは、バイト入った方がマシだと思って」
「ジーザス!」
「そこまで?」
何かマズイ事を? と聞く前に指をビシッと向けられた。
「柚月! 何で凪君が忙しいのか? とか考えた事無かった訳?」
「え? そりゃあ、あったけど……」
「何でだと思ったの?」
「え? 遠洋漁業のつけで、物凄くバイトと学校が忙しいのかなあって……」
姿すら見かけないのだから、真相を知る由もなかった。
人には分かりずらいかも知れないが、これでも私は物凄く反省しているのだ。
「あ~あ。凪君可哀想。可哀想過ぎる……。私、わかったわ」
「何が?」
「あんた達が、同棲していながらも、全然進展しない訳」
「ちょっ……静かに! それに同棲じゃなくて同居」
ビシリと向けられた指で鼻の頭をグイグイ押される。
「ちょ……痛い!」
「凪君も大概マイペースだけど、あんた! あんたも彼氏の気持ちを理解してない! 男心が分かってない! 経験値不足。自分勝手。マイペースに自己完結する」
それは……言い過ぎだけど、当たってる。
恋愛に対する経験値不足は理解しているし、マイペースに物事を進めて、自分が納得したらそれでお終いにしてしまうのが自己完結というならそうだ。
一般的な男心すら理解できない私が、その斜め上をいく凪の心情なんて理解できる訳がない。
犬を飼い始めたのだって、同居だって、いつでも私の想像を遙かに超えて行ってしまう凪。そんな凪が普通の恋人同士のように普通にクリスマスを祝う予定だったなんて、考えつかなかった。
その考えつかなさが、最大の理由なのだけれど。
「凪君も、マイペースに行きたい方へ行くし、あんたもマイペースに行きたい方へ行く。で、同じ道ならいいんだけど、あんた達は、いつも反対方向へ向かおうとする! それが! 原因よっ!」
最後に指で鼻に思い切りデコピン(鼻ピン?)された。
「いたっ! ちょっと酷くない?」
「言っておくけど、あんたの凪君への仕打ちの方がよっぽど酷いよ。ああ、可哀想」
あまりにも当たり前のように私と凪の性格をバサリと切るので気づかなかったが、私は正式に雅に凪を紹介した事がない。
「雅、何で凪の事そんなに知ってるの? 会った事あるの?」
「ああ、言ってなかったっけ? 私、凪君とメールしてる」
「え?」
「この前、聞いたじゃん。凪君って何学部だったっけ? って。その後、経済学部まで会いに行ったもん」
「え? 本当に?」
雅の行動力への認識が甘かった。まさか違う学部の会った事もない男子生徒に直撃しに行くとは思いもしなかった。
「で、柚月の親友で~す。何かお困りですか~? って聞いたら……」
「き……聞いたら?」
「これ以上は私の中のプライバシーポリシーに違反するから言えない。本当に何とかしなさいよ!」
言うだけ言って、雅は何事もなかったかのように去って行った。
プライバシーポリシーに違反する?
じゃあ、その規約みせて下さい! と言いたい。
私に対するプライバシーは、もう凪の方へ公開されたのだろうか?
凪には言えないあれこれを言われていたらどうしよう、とクリスマスの予定を何とかするよりも、そちらの方が心配だった。