犬と私の1年間
犬と新年。
「明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
実家へ帰って来てから3日目の朝。
新しい年の始まりだ。
家族で新年の挨拶をした後は、お母さんが作ったおせちとお雑煮を皆で食べる。
お父さん、お母さん、私、そして妹。
いつもの数。いつもの家族。
それなのに、もの足りない。
凪はどうしているのだろう? 灰色狼は元気にしてるかな? そんな事ばかりをかんがえてしまう。
「お姉ちゃん、大学楽しい?」
妹は今年、受験生になる。受験勉強や試験よりも、キャンパスライフの方が気になるのが妹らしい。
「別に。普通」
「普通?」
「うん、普通」
普通な筈はず……だよね。ちょっと色々あり過ぎた感はあるけど、慣れたし普通だよね。
そう、心の中で唱えながら、お雑煮を口に含む。
「彼氏出来た?」
妹の再度の発言に、私は母自慢のお雑煮を吹き出した。
「い……いない」
誰とも顔を会わさないように、吹き出したお雑煮を、布巾で拭く。
まさか、婚約者が出来ましたとか言えない。
言ったらお父さんが卒倒するに違いない。挙げ句に「そいつを連れて来い! 俺に勝てなきゃ娘はやらん!」とか言いだすに決まっている。
凪にはまだ言ってなかったが、うちの父親は警察官だ。
しかも柔道5段の猛者で強い人間が全てだ、と思っている困った野生動物だ。
戦ったら多分、凪は死ぬ。
これでは半永久的に結婚なんて出来そうにない。
でも、凪が今度何かやらかしたら、それを理由に父と戦ってもらうのも面白そう。
泣きながら戦えるのか見物だ。
付き合っている友人のせいで、最近の私も「面白い」事が好きになってきている。
もう少し友人を選びたいけど、雅は人で面白がる傾向があるけど、基本的には面倒見のいい、明るい、とてもいい子だ。
当初の私には少し距離を置いて接してくれていたけど、凪の事を知られて以来は、ずかずかとこちらの面倒事を面白がっている。
凪もまたバカ正直に話すからいけない。おかげで、心臓に悪いハプニングとかが起きる。
クリスマスの日みたいに。
「お姉ちゃん、ニヤニヤしてるけど?」
「え?」
「バレてないと思ってた? 何か帰って来てからたまにニヤニヤする時あるよね~。あやしい~」
「え? ウソ?」
「茶トラちゃんとも、よく庭で会話してるわね。そう言えばその時によく、凪って単語を……」
お母さんまで会話に入ってきて、焦った私は「なぎの葉にみがける露の速玉を むすぶの宮や光そふらん。って言ってたの!」
「は?」
「ほら! 後期試験も近いから、ちょっとした和歌などの復習」
「あれ? お姉ちゃんって外国語学部じゃなかった? 和歌も勉強するの? 大変だね」
「和歌も言葉ですから、独自に嗜む努力をしております」
外国語学部に和歌はない。小さな嘘を私は帰ってきてから頻繁に繰り返している。
それを家族は怪しんでいるようで落ち着かない。
妹はそれ以上興味を失ったのか、またお節を食べ始め、お母さんは正月特番のテレビを見て、お父さんは手酌で日本酒を飲んでいる。
いつもの我が家のお正月だ。
これもまた、変わって欲しくない大切な光景なのだな、という思いが頭をよぎった。
凪に出会ってからの私は、当たり前の大切さに気づけるようになった。
「柚月! ちょっと!」
正月の三箇日も明けて、年始モードも終わりに近づいた時、お母さんの少し焦った声が庭から響いた。
部屋の窓を開けると、庭に茶トラとお母さんが居たが、茶トラの方が寝そべったまま動かない。
私は慌てて庭へ向かった。
「茶トラちゃん。散歩に行こうって言っても動いてくれないのよ。病気かしら?」
空港から降り立って、パーキングで茶トラを見た時は失神寸前だったお母さんも、茶トラが本当に大人しく賢く、幼いころに噛みついて来た犬とは全く違うとわかってくれた。
それを理解出来ると興味がわいたらしく、少しずつ茶トラに近づいては構うようになった。
そして1週間過ぎた今は「散歩は私が行く!」と犬を初めて飼う小学生のようにはしゃぎ「瑞月(みづき)が家を出たら犬を飼うわ。娘が2人とも居ないんじゃ、生活に張りあいもないし」とお父さんの存在を忘れた発言を繰り返している。
犬嫌いが克服出来たのはよかったのだが、日に五回の散歩はやり過ぎだし、もう犬仲間を作っているのは気が早すぎると思う。
「茶トラ」
私が呼びかけると、顔を上げる。いつもならそこで尻尾を振って近づいてくるのだが、今日はぐったりと伸びてしんどそうだ。
「茶トラちゃん病気なの? 動物病院はどこにあったかしら?」
オロオロしながら家に入って行ったお母さん。多分、電話帳か何かで動物病院を探すのだろう。
茶トラは病気じゃない。多分、私と同じ気持ちなのだ。
「茶トラ……しんどいの?」
「クゥーン」
「茶トラ、寂しいの? 凪と灰色狼が居ないから?」
「ワフ!」
「そっか。茶トラも寂しいのか。もう帰りたいね、私達の家に」
「ワンッ!」
寂しいね。私と茶トラだけだと寂しいね。
犬は環境の変化にとても弱い生き物だし、1週間の滞在中に気を遣わせていたのかも知れない。
これ以上、茶トラに無理をさせない為にも、私は早々に実家を出発する事を決めた。
「え? お姉ちゃん、もう帰っちゃうの?」
その日の夕食時、私はもう向こうへ帰ると家族に告げた。
「そうなのよ。まだ休みはあるんでしょうに、帰るって聞かないのよ」
「だって、茶トラも無理してるみたいで元気ないし、やっぱり住み慣れた家じゃないとストレスが……」
「茶トラのせいにして、実はお姉ちゃんが早く帰りたいんじゃないの? 待ってる人が居るとか?」
どうしても私に彼氏がいる事にしたいらしい妹が、余計な言葉を挟む。
「待ってる人? そんな人間がいるのか? 柚月?」
お父さんの低く押し殺した声に、家族全員がビクリとなる。
物静かで強くて正義感があって、そのくせ妙に頑固なお父さん。
声を荒げる事はない。ただ静かに怒って、本当に怒ると、近所の柔道教室へ通い、物凄く厳しい練習をさせるのだ。悪癖だが悪意はないので、ご近所でも「どうしようか」と困りだねになっている。
「居る訳ないでしょ? 瑞月の妄想だよ」
「妄想って酷い! せめて大学生活への憧れって言ってよ! ほら、親に内緒で彼氏と同棲するとか!」
ツルリと私の持っていた茶碗が落ちて、テーブルにご飯が広がる。
「お姉ちゃん?」
「柚月?」
私の挙動不審な態度が家族全員の目を引いた。
取りあえず何かを言わなければ、と焦る。
「ど……ど……同棲なんて、そんな事する訳ないのに」
家族、無言でこちらを見つめる。
「お姉ちゃん同棲してるの? 凄い!」
「そ……そんな事する姉じゃないでしょ!」
「地味で暗くて何考えてるのかわからない姉だったけど、今回帰って来た時、何か違ったもん。直にピンと来たよ。これは男だなって」
「妄想を真実のように言うな!」
姉妹喧嘩にお母さんまで参戦し出した。
「柚月、あなた、友達と同居するとか言ってたけど、もしかして瑞月の言う通りに……」
「お母さんまで!」
「そう、瑞月に言われて気づいたわ。柚月は変わったわ。長女だからって厳しくしつけたお父さんのせいで、何だか感情のないボンヤリとした子に育ってしまって、お母さん反省してたの。その反動で瑞月を甘やかしたら、今度は何でもハッキリ言っちゃう思いやりのない子に育っちゃって」
「酷い!」
姉妹の叫びがリンクした。実の親だからって言って良い事と悪い事がある。
「いい加減にしなさい。みっともないだろう!」
お父さんの一言でまたピタリと一瞬話は止まったが「育て方の問題じゃなくて、お姉ちゃんの同棲の話だってば!」と瑞月が私を売った。
「夏ごろよね? 下着泥棒が出るから友達と住むって連絡してきたの。そういえば、それからなにも言って来なかったわね?」
「本当に? お姉ちゃん、その嘘テッパンだから。バレバレだから」
「だから、そうじゃなくて」
「どんな人? カッコいい?」
「柚月、あなた許さないわよ。お父さんとお母さんは、そんな事をさせるために大学へ行かせている訳ではないのよ!」
そんな事ある訳ない! と言って逃げようとした時に、庭の方から「ウ~ワンッ! ワンッ!」と滅多に吠えない茶トラが大声で吠えた。
恐るおそる庭を覗くと、家の門の前を行ったり来たりする 不審な人影があった。
「お父さん! 変質者!」
瑞月が叫ぶと、お父さんは物凄い速さで玄関を飛び出して行った。
「待て! こら! オイッ!」と相手を追いかける声が遠のいていく。
「怖い。この辺も変質者が出るようになったんだね」
「そうなのよ。最近、空き巣が多発しているらしいから」
「うちに狙いをつけるなんていい度胸だよね……」
女3人で、お父さんの帰りを待っていると「ほら! さっさと歩け!」と怒鳴ってるお父さんの声が近づいて来た。どうやら変質者を無事、捕まえたらしい。
ガラリと玄関扉を開けたお父さんが、投げ出す様に人を突き飛ばした。
「キャッ!」
女3人が思わず後ろへ下がると、玄関に突き飛ばされ転ばされた人物が顔を上げた。
「柚月さん……」
「な……凪! 何で!?」
お父さんに捕まえられ、抵抗を試みたのか、投げ飛ばされた様にあちこちに汚れをつけている凪が居た。
ボロボロだけど、間違いなく本人だ。
「こいつ。柚月の友達だって言い張るんだが、本当か? 犬まで引き連れていたが……」
折角話題を変質者に変える事が出来たのに、話題の本人が登場してしまった。
私の命運は尽きた。
「おめでとうございます」
実家へ帰って来てから3日目の朝。
新しい年の始まりだ。
家族で新年の挨拶をした後は、お母さんが作ったおせちとお雑煮を皆で食べる。
お父さん、お母さん、私、そして妹。
いつもの数。いつもの家族。
それなのに、もの足りない。
凪はどうしているのだろう? 灰色狼は元気にしてるかな? そんな事ばかりをかんがえてしまう。
「お姉ちゃん、大学楽しい?」
妹は今年、受験生になる。受験勉強や試験よりも、キャンパスライフの方が気になるのが妹らしい。
「別に。普通」
「普通?」
「うん、普通」
普通な筈はず……だよね。ちょっと色々あり過ぎた感はあるけど、慣れたし普通だよね。
そう、心の中で唱えながら、お雑煮を口に含む。
「彼氏出来た?」
妹の再度の発言に、私は母自慢のお雑煮を吹き出した。
「い……いない」
誰とも顔を会わさないように、吹き出したお雑煮を、布巾で拭く。
まさか、婚約者が出来ましたとか言えない。
言ったらお父さんが卒倒するに違いない。挙げ句に「そいつを連れて来い! 俺に勝てなきゃ娘はやらん!」とか言いだすに決まっている。
凪にはまだ言ってなかったが、うちの父親は警察官だ。
しかも柔道5段の猛者で強い人間が全てだ、と思っている困った野生動物だ。
戦ったら多分、凪は死ぬ。
これでは半永久的に結婚なんて出来そうにない。
でも、凪が今度何かやらかしたら、それを理由に父と戦ってもらうのも面白そう。
泣きながら戦えるのか見物だ。
付き合っている友人のせいで、最近の私も「面白い」事が好きになってきている。
もう少し友人を選びたいけど、雅は人で面白がる傾向があるけど、基本的には面倒見のいい、明るい、とてもいい子だ。
当初の私には少し距離を置いて接してくれていたけど、凪の事を知られて以来は、ずかずかとこちらの面倒事を面白がっている。
凪もまたバカ正直に話すからいけない。おかげで、心臓に悪いハプニングとかが起きる。
クリスマスの日みたいに。
「お姉ちゃん、ニヤニヤしてるけど?」
「え?」
「バレてないと思ってた? 何か帰って来てからたまにニヤニヤする時あるよね~。あやしい~」
「え? ウソ?」
「茶トラちゃんとも、よく庭で会話してるわね。そう言えばその時によく、凪って単語を……」
お母さんまで会話に入ってきて、焦った私は「なぎの葉にみがける露の速玉を むすぶの宮や光そふらん。って言ってたの!」
「は?」
「ほら! 後期試験も近いから、ちょっとした和歌などの復習」
「あれ? お姉ちゃんって外国語学部じゃなかった? 和歌も勉強するの? 大変だね」
「和歌も言葉ですから、独自に嗜む努力をしております」
外国語学部に和歌はない。小さな嘘を私は帰ってきてから頻繁に繰り返している。
それを家族は怪しんでいるようで落ち着かない。
妹はそれ以上興味を失ったのか、またお節を食べ始め、お母さんは正月特番のテレビを見て、お父さんは手酌で日本酒を飲んでいる。
いつもの我が家のお正月だ。
これもまた、変わって欲しくない大切な光景なのだな、という思いが頭をよぎった。
凪に出会ってからの私は、当たり前の大切さに気づけるようになった。
「柚月! ちょっと!」
正月の三箇日も明けて、年始モードも終わりに近づいた時、お母さんの少し焦った声が庭から響いた。
部屋の窓を開けると、庭に茶トラとお母さんが居たが、茶トラの方が寝そべったまま動かない。
私は慌てて庭へ向かった。
「茶トラちゃん。散歩に行こうって言っても動いてくれないのよ。病気かしら?」
空港から降り立って、パーキングで茶トラを見た時は失神寸前だったお母さんも、茶トラが本当に大人しく賢く、幼いころに噛みついて来た犬とは全く違うとわかってくれた。
それを理解出来ると興味がわいたらしく、少しずつ茶トラに近づいては構うようになった。
そして1週間過ぎた今は「散歩は私が行く!」と犬を初めて飼う小学生のようにはしゃぎ「瑞月(みづき)が家を出たら犬を飼うわ。娘が2人とも居ないんじゃ、生活に張りあいもないし」とお父さんの存在を忘れた発言を繰り返している。
犬嫌いが克服出来たのはよかったのだが、日に五回の散歩はやり過ぎだし、もう犬仲間を作っているのは気が早すぎると思う。
「茶トラ」
私が呼びかけると、顔を上げる。いつもならそこで尻尾を振って近づいてくるのだが、今日はぐったりと伸びてしんどそうだ。
「茶トラちゃん病気なの? 動物病院はどこにあったかしら?」
オロオロしながら家に入って行ったお母さん。多分、電話帳か何かで動物病院を探すのだろう。
茶トラは病気じゃない。多分、私と同じ気持ちなのだ。
「茶トラ……しんどいの?」
「クゥーン」
「茶トラ、寂しいの? 凪と灰色狼が居ないから?」
「ワフ!」
「そっか。茶トラも寂しいのか。もう帰りたいね、私達の家に」
「ワンッ!」
寂しいね。私と茶トラだけだと寂しいね。
犬は環境の変化にとても弱い生き物だし、1週間の滞在中に気を遣わせていたのかも知れない。
これ以上、茶トラに無理をさせない為にも、私は早々に実家を出発する事を決めた。
「え? お姉ちゃん、もう帰っちゃうの?」
その日の夕食時、私はもう向こうへ帰ると家族に告げた。
「そうなのよ。まだ休みはあるんでしょうに、帰るって聞かないのよ」
「だって、茶トラも無理してるみたいで元気ないし、やっぱり住み慣れた家じゃないとストレスが……」
「茶トラのせいにして、実はお姉ちゃんが早く帰りたいんじゃないの? 待ってる人が居るとか?」
どうしても私に彼氏がいる事にしたいらしい妹が、余計な言葉を挟む。
「待ってる人? そんな人間がいるのか? 柚月?」
お父さんの低く押し殺した声に、家族全員がビクリとなる。
物静かで強くて正義感があって、そのくせ妙に頑固なお父さん。
声を荒げる事はない。ただ静かに怒って、本当に怒ると、近所の柔道教室へ通い、物凄く厳しい練習をさせるのだ。悪癖だが悪意はないので、ご近所でも「どうしようか」と困りだねになっている。
「居る訳ないでしょ? 瑞月の妄想だよ」
「妄想って酷い! せめて大学生活への憧れって言ってよ! ほら、親に内緒で彼氏と同棲するとか!」
ツルリと私の持っていた茶碗が落ちて、テーブルにご飯が広がる。
「お姉ちゃん?」
「柚月?」
私の挙動不審な態度が家族全員の目を引いた。
取りあえず何かを言わなければ、と焦る。
「ど……ど……同棲なんて、そんな事する訳ないのに」
家族、無言でこちらを見つめる。
「お姉ちゃん同棲してるの? 凄い!」
「そ……そんな事する姉じゃないでしょ!」
「地味で暗くて何考えてるのかわからない姉だったけど、今回帰って来た時、何か違ったもん。直にピンと来たよ。これは男だなって」
「妄想を真実のように言うな!」
姉妹喧嘩にお母さんまで参戦し出した。
「柚月、あなた、友達と同居するとか言ってたけど、もしかして瑞月の言う通りに……」
「お母さんまで!」
「そう、瑞月に言われて気づいたわ。柚月は変わったわ。長女だからって厳しくしつけたお父さんのせいで、何だか感情のないボンヤリとした子に育ってしまって、お母さん反省してたの。その反動で瑞月を甘やかしたら、今度は何でもハッキリ言っちゃう思いやりのない子に育っちゃって」
「酷い!」
姉妹の叫びがリンクした。実の親だからって言って良い事と悪い事がある。
「いい加減にしなさい。みっともないだろう!」
お父さんの一言でまたピタリと一瞬話は止まったが「育て方の問題じゃなくて、お姉ちゃんの同棲の話だってば!」と瑞月が私を売った。
「夏ごろよね? 下着泥棒が出るから友達と住むって連絡してきたの。そういえば、それからなにも言って来なかったわね?」
「本当に? お姉ちゃん、その嘘テッパンだから。バレバレだから」
「だから、そうじゃなくて」
「どんな人? カッコいい?」
「柚月、あなた許さないわよ。お父さんとお母さんは、そんな事をさせるために大学へ行かせている訳ではないのよ!」
そんな事ある訳ない! と言って逃げようとした時に、庭の方から「ウ~ワンッ! ワンッ!」と滅多に吠えない茶トラが大声で吠えた。
恐るおそる庭を覗くと、家の門の前を行ったり来たりする 不審な人影があった。
「お父さん! 変質者!」
瑞月が叫ぶと、お父さんは物凄い速さで玄関を飛び出して行った。
「待て! こら! オイッ!」と相手を追いかける声が遠のいていく。
「怖い。この辺も変質者が出るようになったんだね」
「そうなのよ。最近、空き巣が多発しているらしいから」
「うちに狙いをつけるなんていい度胸だよね……」
女3人で、お父さんの帰りを待っていると「ほら! さっさと歩け!」と怒鳴ってるお父さんの声が近づいて来た。どうやら変質者を無事、捕まえたらしい。
ガラリと玄関扉を開けたお父さんが、投げ出す様に人を突き飛ばした。
「キャッ!」
女3人が思わず後ろへ下がると、玄関に突き飛ばされ転ばされた人物が顔を上げた。
「柚月さん……」
「な……凪! 何で!?」
お父さんに捕まえられ、抵抗を試みたのか、投げ飛ばされた様にあちこちに汚れをつけている凪が居た。
ボロボロだけど、間違いなく本人だ。
「こいつ。柚月の友達だって言い張るんだが、本当か? 犬まで引き連れていたが……」
折角話題を変質者に変える事が出来たのに、話題の本人が登場してしまった。
私の命運は尽きた。