犬と私の1年間
番外編 僕と柚月さんの1年間
犬の気持ち。1
雨が降っていた。
折角、浪人してまで入った大学。
親にも「浪人の上に遠い大学で」と嫌味を言われたけど、広々とした緑豊かなキャンパスと履修科目の豊富さと憧れの教授がいたのだから仕方ない。親には仕送りにて、で諦めてもらうしかなかった。
「さむいなぁ……」
咲いた桜がハラハラと散る。
桜咲くで入った大学なのに惜しいな。
そんな事を思いながら先日から住んでいるマンションへ向かって帰っていると、子犬が1匹雨に濡れて震えていた。
「……どうしよう」
傘はある。今日、降水確率80%だって言ってたから折りたたみだけ入学式に持って行った。
でも、これ1本しかない。
「ごめんね……」
足早に通り過ぎたけど、それでも気になって振り返った。
そこには女神様が居た――
女の子は何の躊躇いも無く自分の傘を子犬にあげた。
そのせいで自分がビショビショになっても子犬に向かって微笑んでいた。
ビュオオオッと風が吹いて、女の子があげた傘が飛んで行った。
僕は無意識にその傘を追いかけたけど、飛ばされたビニール傘は脆くて骨が折れてさせなくなっていた。
それでも壊れた傘を持って、駆け足で子犬の場所へ戻ると女の子も子犬も居なくなっていた。
だからだと思う。
アルバイト先の高級住宅地の近くで野犬狩りが行われると聞いて、胸が痛んだ。
動物が好きだったからペットショップでアルバイトをしたりもしたけど「犬を殺さないで!」と叫ぶ勇気も僕には無かった。
だから、唯、その日を黙って見つめているしか出来なかったんだ。
憂鬱な気分でバイト先を後にすると、どう見ても保健所の人らしき男性がダンボールを抱えて立っていた。
そ の箱は僅かにゴソゴソと動いていて、僕は堪らず男の人に話かけた。
開いた箱には弱りきった子犬が3匹。
茶色と灰色と白。
皆、僅かにしか動かない。
このままだったら死んでしまうかも知れない。
その時に、思い出したんだ。
自分が濡れても傘を子犬にあげた女神の様な女の人。
隣室の柚月さん。
話しかける勇気はなかったけど、僕もあの人の様に行動出来る男になりたいって思った。
だから…………3匹を引き取ったんだ。
「あんた、バカでしょ?」
柚月さんに告白した日。
見事に無視されて若干落ち込みながら帰ってきたら、柚月さんが僕の部屋の前に立っていた。
小首を傾げる仕草が可愛くて、少し見とれてしまってた事は内緒だ。
話をしていると茶トラ達の鳴き声が聞こえて、ペット不可のマンションで3匹も犬を飼ってるのが柚月さんにバレてしまった。
人間が嫌いっぽい茶トラが自ら柚月さんに歩み寄ったのはびっくりしたけど、それ以上に驚いたのは、微笑みながら茶トラを抱き上げて頬ずりする柚月さん。
その姿は、やっぱりあの雨の日のびしょ濡れの女神。
益々、好きになってしまったのは、仕方ないと思う。
僕と柚月さんと犬達。
奇妙な距離での生活が始まった。
マンションで別々に住んでる時は良かった。
僕の部屋に上がりこんで、犬達と遊ぶ柚月さんを見ても、まだ自分を抑えられた。
それでも、部屋を追い出される事になり、犬達の為と言いながら、本当は自分が1番柚月さんの近くに居たかった。
だから深く考えないで「一緒に住もう」って言った。
まさかOKが出るとは夢にも思わなくて、その日は一晩中、灰色狼に柚月さんの素晴らしさを語って聞かせた。
それが、地獄の同居生活の始まりになるとは、幸せ絶頂の僕は気づかなかったんだ。
「凪!」「凪!!」「凪!!!」
同居当初、物凄く怒られた。
だって洗濯も掃除も日頃からしてなかったから、ついつい溜めっぱなしになちゃってたんだ。
そんな僕の生活態度に痺れを切らした柚月さんが、お母さんみたいに怒る。
正直、母さんよりも怖かった……。
約束事をして、掃除や洗濯もこまめにするようになり、生活リズムが慣れてくると、今まで緊張して見えなかった物が色々と気になる様になってきた。
「あ、凪。スイカ食べる?」
キャミソール一枚に短いズボンの柚月さんが、縁側で涼みながらスイカを食べてる。
開けっ放しの窓から吹く温い風が柚月さんの薄い衣服を揺らす。
時々前かがみになりながら、茶トラ達とじゃれあってる。
あの……見えてるんですけど、下着が……。
これは、言うべきなのか言わないべきなのか。
女の子の扱いに慣れていない僕には分からない。
「スイカいらない?」
「えっと……。今日はいいや……」
急いで部屋に逃げ帰る。
そうしないと、何だか自分を抑えられなくなりそうだったから。
「はあ……」
柚月さん。僕がお風呂上りに、Tシャツを着ないで上半身裸で出てきたら凄く怒るくせに、あれはいいのか? あれは服を着ている事になるのか?
「はあ……」
柚月さんの気持ちが分からない。
分からないから、どうすればいいか分からない。
自分は柚月さんが好きだし、大切に思ってる。
それに一緒に住んでるし、距離も益々近くなった。
だから……錯覚しそうになるんだ。
柚月さんが僕の事を大事に思ってくれてる……とか。
もしかして、あの格好は誘ってるのか……とか。
「柚月さんに限ってそんな事はないだろうけど」
目の前に好きな人が無防備にいる。
前に酔っ払った柚月さんと一緒に寝た事があったけど、それ以上に忍耐を強いられる。
それも結構な頻度で。
一緒に住むって、自分との戦いだ。
僕はいつまで我慢できるだろうか?
我慢出来なくなった時の自分が怖い。
柚月さんを失いたくない。
だから、これ以上の関係を望んではいけない。
それでも、やっぱり少しは柚月さんに触れてみたいって思うのは、いけない事なのだろうか?
僕だって一応は健全な男。
その考えがダメとかは言われたくない。
だけど……。
触れると柚月さんが消えてしまいそうで怖かった――
折角、浪人してまで入った大学。
親にも「浪人の上に遠い大学で」と嫌味を言われたけど、広々とした緑豊かなキャンパスと履修科目の豊富さと憧れの教授がいたのだから仕方ない。親には仕送りにて、で諦めてもらうしかなかった。
「さむいなぁ……」
咲いた桜がハラハラと散る。
桜咲くで入った大学なのに惜しいな。
そんな事を思いながら先日から住んでいるマンションへ向かって帰っていると、子犬が1匹雨に濡れて震えていた。
「……どうしよう」
傘はある。今日、降水確率80%だって言ってたから折りたたみだけ入学式に持って行った。
でも、これ1本しかない。
「ごめんね……」
足早に通り過ぎたけど、それでも気になって振り返った。
そこには女神様が居た――
女の子は何の躊躇いも無く自分の傘を子犬にあげた。
そのせいで自分がビショビショになっても子犬に向かって微笑んでいた。
ビュオオオッと風が吹いて、女の子があげた傘が飛んで行った。
僕は無意識にその傘を追いかけたけど、飛ばされたビニール傘は脆くて骨が折れてさせなくなっていた。
それでも壊れた傘を持って、駆け足で子犬の場所へ戻ると女の子も子犬も居なくなっていた。
だからだと思う。
アルバイト先の高級住宅地の近くで野犬狩りが行われると聞いて、胸が痛んだ。
動物が好きだったからペットショップでアルバイトをしたりもしたけど「犬を殺さないで!」と叫ぶ勇気も僕には無かった。
だから、唯、その日を黙って見つめているしか出来なかったんだ。
憂鬱な気分でバイト先を後にすると、どう見ても保健所の人らしき男性がダンボールを抱えて立っていた。
そ の箱は僅かにゴソゴソと動いていて、僕は堪らず男の人に話かけた。
開いた箱には弱りきった子犬が3匹。
茶色と灰色と白。
皆、僅かにしか動かない。
このままだったら死んでしまうかも知れない。
その時に、思い出したんだ。
自分が濡れても傘を子犬にあげた女神の様な女の人。
隣室の柚月さん。
話しかける勇気はなかったけど、僕もあの人の様に行動出来る男になりたいって思った。
だから…………3匹を引き取ったんだ。
「あんた、バカでしょ?」
柚月さんに告白した日。
見事に無視されて若干落ち込みながら帰ってきたら、柚月さんが僕の部屋の前に立っていた。
小首を傾げる仕草が可愛くて、少し見とれてしまってた事は内緒だ。
話をしていると茶トラ達の鳴き声が聞こえて、ペット不可のマンションで3匹も犬を飼ってるのが柚月さんにバレてしまった。
人間が嫌いっぽい茶トラが自ら柚月さんに歩み寄ったのはびっくりしたけど、それ以上に驚いたのは、微笑みながら茶トラを抱き上げて頬ずりする柚月さん。
その姿は、やっぱりあの雨の日のびしょ濡れの女神。
益々、好きになってしまったのは、仕方ないと思う。
僕と柚月さんと犬達。
奇妙な距離での生活が始まった。
マンションで別々に住んでる時は良かった。
僕の部屋に上がりこんで、犬達と遊ぶ柚月さんを見ても、まだ自分を抑えられた。
それでも、部屋を追い出される事になり、犬達の為と言いながら、本当は自分が1番柚月さんの近くに居たかった。
だから深く考えないで「一緒に住もう」って言った。
まさかOKが出るとは夢にも思わなくて、その日は一晩中、灰色狼に柚月さんの素晴らしさを語って聞かせた。
それが、地獄の同居生活の始まりになるとは、幸せ絶頂の僕は気づかなかったんだ。
「凪!」「凪!!」「凪!!!」
同居当初、物凄く怒られた。
だって洗濯も掃除も日頃からしてなかったから、ついつい溜めっぱなしになちゃってたんだ。
そんな僕の生活態度に痺れを切らした柚月さんが、お母さんみたいに怒る。
正直、母さんよりも怖かった……。
約束事をして、掃除や洗濯もこまめにするようになり、生活リズムが慣れてくると、今まで緊張して見えなかった物が色々と気になる様になってきた。
「あ、凪。スイカ食べる?」
キャミソール一枚に短いズボンの柚月さんが、縁側で涼みながらスイカを食べてる。
開けっ放しの窓から吹く温い風が柚月さんの薄い衣服を揺らす。
時々前かがみになりながら、茶トラ達とじゃれあってる。
あの……見えてるんですけど、下着が……。
これは、言うべきなのか言わないべきなのか。
女の子の扱いに慣れていない僕には分からない。
「スイカいらない?」
「えっと……。今日はいいや……」
急いで部屋に逃げ帰る。
そうしないと、何だか自分を抑えられなくなりそうだったから。
「はあ……」
柚月さん。僕がお風呂上りに、Tシャツを着ないで上半身裸で出てきたら凄く怒るくせに、あれはいいのか? あれは服を着ている事になるのか?
「はあ……」
柚月さんの気持ちが分からない。
分からないから、どうすればいいか分からない。
自分は柚月さんが好きだし、大切に思ってる。
それに一緒に住んでるし、距離も益々近くなった。
だから……錯覚しそうになるんだ。
柚月さんが僕の事を大事に思ってくれてる……とか。
もしかして、あの格好は誘ってるのか……とか。
「柚月さんに限ってそんな事はないだろうけど」
目の前に好きな人が無防備にいる。
前に酔っ払った柚月さんと一緒に寝た事があったけど、それ以上に忍耐を強いられる。
それも結構な頻度で。
一緒に住むって、自分との戦いだ。
僕はいつまで我慢できるだろうか?
我慢出来なくなった時の自分が怖い。
柚月さんを失いたくない。
だから、これ以上の関係を望んではいけない。
それでも、やっぱり少しは柚月さんに触れてみたいって思うのは、いけない事なのだろうか?
僕だって一応は健全な男。
その考えがダメとかは言われたくない。
だけど……。
触れると柚月さんが消えてしまいそうで怖かった――