犬と私の1年間
犬の気持ち。6
柚月さんの実家の住所は聞いていたけど、まったく知らない土地に迷いに迷い、どうやらそれらしき家の近くに着いた時には夜になっていた。
「どうしよう……」
夕方に、ほんの少しだけ会う予定だったのに、大幅に時間が狂ってしまった。
常識で考えたら、初めてのお宅を訪ねるには遅すぎる。それでも会いたい。
「どうしよう、どうしよう……」
ウロウロと柚月さんの家の周りをグルグルしていたら「ワンッ! ワンッ!」と聞きなれた茶トラの声が聞こえた。その声と「不審者!」と叫ぶ柚月さんの声、それに玄関から出てきたプロレスラーみたいな巨体な男の人に追いかけられて、僕は思わず逃げた。
これはもう、いい訳もなく不審者だと自分でも思ってるうちに、首筋をグイッと引っ張られて、世界がグルリと回転。背中をアスファルトに叩きつけられた。
「不審者、確保」と呟いた大きな男の人。面影がどことなく柚月さんに似ている。
「待って! 待って下さい! 僕、柚月さんの知り合いですぅ!」
確保される前に絶叫した。
柚月さんの前に押し出され、驚愕した顔で僕を見る柚月さん。
ああ、こんな予定じゃなかったのに……。
そのまま室内へ上がりこみ、正座待機&暴力&質問の嵐に僕は出来るだけ誠実に答えていった。
「それで結局、お前は何しに来たんだ?」
狭い狭いビジネスホテルの室内で、僕は柚月さんのお父さんと向かい合ってビールを飲む。
自慢じゃないが、居酒屋で働いてるわりに、お酒が飲めない。
それでも「成人祝い」をしてくれると言う柚月さんのお父さんの提案を断りきれずに、一口飲む。
走ったり緊張したりしたせいか、美味しい。
そのままゴクゴク飲むと段々といい気分になってきて、僕は聞かれてもいないのに柚月さんのお父さんにベラベラと話した。
柚月さんと出会って運命を感じた事。
茶トラ達を見る柚月さんの目が優しい事。
大好きで大好きで、一緒に居たくて同居を申し出た事。
我慢出来ると思ったのに、柚月さんの無防備すぎる姿に何度か自分を抑えられなくなりそうになった事。
頭を冷やそうとしたら遠洋漁業にまで行ってしまった事。
帰ってきたら「私も好き」と言って貰えた事。
それなのに、手を出すのは禁止! といつも断れられる事。
「お父さん、僕は間違ってますか~~ぁぁ。好きな女に触れたと思うのは間違ってますかぁぁぁ」
「間違ってはないが……。なんとも言えん!」
「僕、柚月さんが大事なんですぅ。だから無理強いは嫌なんですぅ。でも、このままだったら気が狂いそうなほど追い詰められるんですぅ。だって、無防備なんです。キャミ一枚でウロウロするんですぅぅぅ!」
「そうか。あんまり何も考えてない娘だからな……」
「茶トラ達の事があったからぁ、だから我慢してたけど、僕も限界だったんですぅ。だから手を出してもいいってなるまでは離れた方が柚月さんの為なんですぅ。僕、嫌われたくないんですぅ」
「…………そうか」
「大好きなんですぅ! 一生大事にしますぅ! だからキスぐらいしてもいいですかぁ? お父さん!?」
「……まあなあ。凪も成人男性だしな、それぐらいなら……」
「やったあ、やったあ。呑みましょう! お父さん呑みましょう!」
そこから先の記憶が……ない……。
「頭痛い……」
気づいたら狭い狭い部屋のベッドに突っ伏していた。
周りにはビールやらウィスキーの瓶が散乱。
何があったんだ? と考えたいけど、頭が痛い。
僕はそのままモソモソとベッドへ潜ってもう一度寝た。
翌日。
頭痛がやっと治まったので、柚月さんの家に行くけど、誰も居ない。
「あ~あ……」
僕、一体何しに来たんだろう?
柚月さんとも茶トラ達とも別れて、1人であの家で暮らすって決意しに来ただけだ。
それでも、その方がいい。
焦って、焦って大事な人を逃してしまうくらいなら、卒業までぐらいなら耐える。耐えられる。
別に2度と会えない訳じゃない。
焦って泣かせて、柚月さんが僕の元を去ってしまうなら、数年ぐらいは耐えるし、待つよ。
僕、気が長いんだ。知ってる柚月さん?
ポチポチと柚月さんに『帰ります』メールを送って、僕は飛行場へ1人で行き、また実家へ帰った。
シ~ンとした家。
自分が出す物音しか聞こえない家。
柚月さんの声も茶トラ達の鳴き声も、皆が揃ったあの温かい空気がウソみたいに消えた。
掃除をしなくても、洗濯をしなくても、ご飯を食べなくても、怒る人が居ない。
……寂しい。
それでも、これが自分で決めた道。
頑張らないと。
引越しして以来、初めて柚月さんが遊びに来てくれた時は、物凄く嬉しかったけど「帰る」の一言に泣きたくなる。
帰るってどこへ?
柚月さんの帰る場所はここだよ?
そんな泣きそうな僕を見た柚月さんが、頬に軽くキスをしてくれた。
夏のわけの分からないキスじゃなく、愛情が感じられる温かい感覚に、お互い真っ赤になる。
手を振って帰って行く柚月さんを見送り、一旦部屋へ戻ったけど、僕は我慢出来ずに柚月さんを追いかけた。
走って走って、商店街で追いついて、抱きしめてキスをする。
ずっとずっと我慢してたんだから、これぐらい許してね。柚月さん?
その後、グーで殴って去って行った柚月さんと、頬を腫らした僕を通行人達が興味深げに見ていく。
見たいなら、見ろ!
僕は柚月さんが大好きなんだ!
柚月さんと出会って1年。
僕は益々、柚月さんが好きになった。
卒業するまで3年。
もっともっと好きになってる自分を想像して、少し苦笑いする。
「苦労……しそうだな……」
ほんの少し会っただけで、我慢出来なくなる程好きなのに。
僕は3年間、耐えれるだろうか?
それでもやる!
3年間なんて一生に比べたら全然まし。
僕は気が長いし、大事な物は一生をかけて大事にするよ。
僕の女神は気が短いから、大丈夫かな? とか思うけど、信じてるよ。柚月さん。
大澤凪。20歳。
運命の女神を手に入れるまで3年。
全力で頑張りたいと思います!!!!
「どうしよう……」
夕方に、ほんの少しだけ会う予定だったのに、大幅に時間が狂ってしまった。
常識で考えたら、初めてのお宅を訪ねるには遅すぎる。それでも会いたい。
「どうしよう、どうしよう……」
ウロウロと柚月さんの家の周りをグルグルしていたら「ワンッ! ワンッ!」と聞きなれた茶トラの声が聞こえた。その声と「不審者!」と叫ぶ柚月さんの声、それに玄関から出てきたプロレスラーみたいな巨体な男の人に追いかけられて、僕は思わず逃げた。
これはもう、いい訳もなく不審者だと自分でも思ってるうちに、首筋をグイッと引っ張られて、世界がグルリと回転。背中をアスファルトに叩きつけられた。
「不審者、確保」と呟いた大きな男の人。面影がどことなく柚月さんに似ている。
「待って! 待って下さい! 僕、柚月さんの知り合いですぅ!」
確保される前に絶叫した。
柚月さんの前に押し出され、驚愕した顔で僕を見る柚月さん。
ああ、こんな予定じゃなかったのに……。
そのまま室内へ上がりこみ、正座待機&暴力&質問の嵐に僕は出来るだけ誠実に答えていった。
「それで結局、お前は何しに来たんだ?」
狭い狭いビジネスホテルの室内で、僕は柚月さんのお父さんと向かい合ってビールを飲む。
自慢じゃないが、居酒屋で働いてるわりに、お酒が飲めない。
それでも「成人祝い」をしてくれると言う柚月さんのお父さんの提案を断りきれずに、一口飲む。
走ったり緊張したりしたせいか、美味しい。
そのままゴクゴク飲むと段々といい気分になってきて、僕は聞かれてもいないのに柚月さんのお父さんにベラベラと話した。
柚月さんと出会って運命を感じた事。
茶トラ達を見る柚月さんの目が優しい事。
大好きで大好きで、一緒に居たくて同居を申し出た事。
我慢出来ると思ったのに、柚月さんの無防備すぎる姿に何度か自分を抑えられなくなりそうになった事。
頭を冷やそうとしたら遠洋漁業にまで行ってしまった事。
帰ってきたら「私も好き」と言って貰えた事。
それなのに、手を出すのは禁止! といつも断れられる事。
「お父さん、僕は間違ってますか~~ぁぁ。好きな女に触れたと思うのは間違ってますかぁぁぁ」
「間違ってはないが……。なんとも言えん!」
「僕、柚月さんが大事なんですぅ。だから無理強いは嫌なんですぅ。でも、このままだったら気が狂いそうなほど追い詰められるんですぅ。だって、無防備なんです。キャミ一枚でウロウロするんですぅぅぅ!」
「そうか。あんまり何も考えてない娘だからな……」
「茶トラ達の事があったからぁ、だから我慢してたけど、僕も限界だったんですぅ。だから手を出してもいいってなるまでは離れた方が柚月さんの為なんですぅ。僕、嫌われたくないんですぅ」
「…………そうか」
「大好きなんですぅ! 一生大事にしますぅ! だからキスぐらいしてもいいですかぁ? お父さん!?」
「……まあなあ。凪も成人男性だしな、それぐらいなら……」
「やったあ、やったあ。呑みましょう! お父さん呑みましょう!」
そこから先の記憶が……ない……。
「頭痛い……」
気づいたら狭い狭い部屋のベッドに突っ伏していた。
周りにはビールやらウィスキーの瓶が散乱。
何があったんだ? と考えたいけど、頭が痛い。
僕はそのままモソモソとベッドへ潜ってもう一度寝た。
翌日。
頭痛がやっと治まったので、柚月さんの家に行くけど、誰も居ない。
「あ~あ……」
僕、一体何しに来たんだろう?
柚月さんとも茶トラ達とも別れて、1人であの家で暮らすって決意しに来ただけだ。
それでも、その方がいい。
焦って、焦って大事な人を逃してしまうくらいなら、卒業までぐらいなら耐える。耐えられる。
別に2度と会えない訳じゃない。
焦って泣かせて、柚月さんが僕の元を去ってしまうなら、数年ぐらいは耐えるし、待つよ。
僕、気が長いんだ。知ってる柚月さん?
ポチポチと柚月さんに『帰ります』メールを送って、僕は飛行場へ1人で行き、また実家へ帰った。
シ~ンとした家。
自分が出す物音しか聞こえない家。
柚月さんの声も茶トラ達の鳴き声も、皆が揃ったあの温かい空気がウソみたいに消えた。
掃除をしなくても、洗濯をしなくても、ご飯を食べなくても、怒る人が居ない。
……寂しい。
それでも、これが自分で決めた道。
頑張らないと。
引越しして以来、初めて柚月さんが遊びに来てくれた時は、物凄く嬉しかったけど「帰る」の一言に泣きたくなる。
帰るってどこへ?
柚月さんの帰る場所はここだよ?
そんな泣きそうな僕を見た柚月さんが、頬に軽くキスをしてくれた。
夏のわけの分からないキスじゃなく、愛情が感じられる温かい感覚に、お互い真っ赤になる。
手を振って帰って行く柚月さんを見送り、一旦部屋へ戻ったけど、僕は我慢出来ずに柚月さんを追いかけた。
走って走って、商店街で追いついて、抱きしめてキスをする。
ずっとずっと我慢してたんだから、これぐらい許してね。柚月さん?
その後、グーで殴って去って行った柚月さんと、頬を腫らした僕を通行人達が興味深げに見ていく。
見たいなら、見ろ!
僕は柚月さんが大好きなんだ!
柚月さんと出会って1年。
僕は益々、柚月さんが好きになった。
卒業するまで3年。
もっともっと好きになってる自分を想像して、少し苦笑いする。
「苦労……しそうだな……」
ほんの少し会っただけで、我慢出来なくなる程好きなのに。
僕は3年間、耐えれるだろうか?
それでもやる!
3年間なんて一生に比べたら全然まし。
僕は気が長いし、大事な物は一生をかけて大事にするよ。
僕の女神は気が短いから、大丈夫かな? とか思うけど、信じてるよ。柚月さん。
大澤凪。20歳。
運命の女神を手に入れるまで3年。
全力で頑張りたいと思います!!!!