犬と私の1年間
犬、いりませんか?
大学で散々、犬の引取りを断られ続けた私は、雅にお礼を言って別れた後、唯一地元民と接触出来る場所を思い出した。
バイト先のコンビニだ。
お客様の大半が上に住んでる学生だけど、昼間なんかは地元のおじいちゃん、おばあちゃん、お母さんなんかがやってくる。そこに狙いを定めるのだ。
そう思うものの、学校に通う私の勤務はどうしても夕方~夜、もしくは夜勤になってしまう。
地元民と中々接触出来ないまま、数日が過ぎてしまった。
このままではいけない、と痛感した私は店頭のポスターを見て閃いた。
「張り紙」をしてみてはどうだろう? と。
バイト先の目立つ場所に貼ってもらえれば、もしかしたら1人ぐらいは興味を持ってくれるかも知れない。
凪が居酒屋バイトの日。私は苦戦しながら3匹が1番可愛く見える角度で写真を撮った。
そして、パソコンで「犬、いりませんか?」と単純極まりない、張り紙を作ったのだった。
「……で、これがその張り紙?」
「どうかな?」
夜勤明けの凪を捕まえて、部屋に上がりこみ、出来立ての張り紙を見せた。
「うん。いいんじゃないかな?」
「ちょっと投げやりじゃない? 凪?」
「いや別に。頑張ってる柚月さんは可愛いと思うよ」
「連絡先なんだけど、凪の携帯でいいよね?」
流石に女の子の携帯番号を晒す訳にはいかないだろうと考えた挙句に、思い浮かんだのが凪の携帯だったのだ。
そもそも、凪が拾ってきたのだし、責任を取るのが当然だ。
「柚月さんって、可愛いとか付き合ってとか、直にスルーするよね。僕、結構頑張って言ってるんだけど」
「聞いてるよ。……で、凪の番号を入れた完成版がこっち」
『犬いりませんか? 可愛い子犬です。お問い合わせは○○○○ 大澤凪』
1枚の写真に3匹が奇跡の可愛さで写っている。
この1枚は本当に苦労した。
じっとしない犬を3匹同時に取るのは、難しすぎる試練だったのだ。
1人張り紙に感動していると、凪が「でも……」と反論してきた。
「何?」
「いや……張り紙はいいんだけど、犬種聞かれたらどうしようかなあって思って」
「雑種じゃダメなの?」
「うーん。事実なんだけど、犬好きの人ってさ。ミックスですって言っても何と何のミックス? みたいに聞かれる事があってさ……今は色々とうるさいから」
犬種に詳しくない私と、犬種を意識した事がなかったらしき凪は、3匹をじっと見つめた。
「ねえ、わかった?」
パソコンを前に私と凪は必死に「何犬か?」を導き出そうとしていたのだが、わからない。
そもそも、茶トラは茶色と白。白ウサギは真っ白。灰色狼は、グレーというより薄い黒? でバラバラなのだ。しかも、よくよく観察して調べてみると、茶トラと白ウサギは日本犬っぽくて、灰色狼は、何だか外国犬っぽいのだ。
「凪……。私、今まで深く考えた事なかったんだけど、この子達兄弟だよね? 血の繋がりがあるんだよね?」
「うーん。柴、いや紀州? いや北海道? え? 違うでしょ」
「違うの! 兄弟じゃない犬を一体どこで3匹も……」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
凪は、3匹を拾った経緯をポツリポツリと教えてくれた。
凪のもう1つのバイト、家庭教師。
塾ではなく家庭教師を頼むような子は、いつの時代も裕福な家庭の子供である場合が多い。この辺りでは山の上の方にある「高級住宅街」に住む子供たちが家庭教師のメインのターゲットであるらしい。もちろん凪の家庭教師先もその場所で、毎回息を切らしながら山を登り仕事に向かっている。
お山の上の高貴な人達の最近の悩みは「野良犬」だったらしい。住宅街から少し離れた山の中に犬を捨てる人達がいたのだろう。少しずつ捨てられる犬が増え、捨てられた犬達が繁殖し、結構な数になっていた。そして犬が遠征をして住宅街に現れる事も増えていたのだ。
もちろん、高貴な方々は直に保健所に連絡した。
「人に害をなす恐れあり」として山狩りが行われ、ボス犬を含む、相当数が捕獲された。
「それで捕まえた犬が予想より多かったらしくて、送迎待ちをしていた保健所の人がいたんだよ。手にダンボールを持って。その中にいたのがこの3匹だったんだ。もっともその時点で3匹とも衰弱しきって動けないような状態だったから、仲間において行かれたんだろうね。そのお陰で最初の護送に乗らずにすんで、通りかかった僕に引き取られた」
「茶トラ死にかけてたの?」
「茶トラだけじゃないよ。みんなだよ。で、ダンボール抱えて走って動物病院に行って入院させて、元気になった。山の寒さと空腹で弱ってただけで、病気じゃなかったからよかったよ」
茶トラを思わずギュッと抱きしめる。
生まれたばっかりの赤ちゃんなのに、死にかけるほど弱ってたなんて。
それに、飼えなくなったからって安易に犬を山に捨てる人間は許しがたい。
この子達は、生きてる。いらないから捨てるなんて、そんな横暴な行為は絶対に許せない。
「ねえ、凪。良い飼い主見つけてあげようね」
茶トラ、白ウサギ、灰色狼の頭を交互に撫でる。
今は、皆、元気に走り回って悪さばっかりして、叱るときも多いし、ウンザリする時もあるけど、可愛くて愛しい。
「そうだね。きっと幸せになれるようにしてあげようね。うん。もういいや。何犬でも。今は元気で可愛いです、でいいや。柚月さんってやっぱり優しいね」
優しいのは私じゃなくて凪だよ、と思ったけど、そんな事が私に言えるはずもなく「散歩行こうか」と全然別の事を言ってごまかした。
駆け回って喜ぶ3匹と、一緒にじゃれあっている凪を見て、この光景がずっとずっと続けばいいのに、と思った。
夏には終わる関係だとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。
バイト先のコンビニだ。
お客様の大半が上に住んでる学生だけど、昼間なんかは地元のおじいちゃん、おばあちゃん、お母さんなんかがやってくる。そこに狙いを定めるのだ。
そう思うものの、学校に通う私の勤務はどうしても夕方~夜、もしくは夜勤になってしまう。
地元民と中々接触出来ないまま、数日が過ぎてしまった。
このままではいけない、と痛感した私は店頭のポスターを見て閃いた。
「張り紙」をしてみてはどうだろう? と。
バイト先の目立つ場所に貼ってもらえれば、もしかしたら1人ぐらいは興味を持ってくれるかも知れない。
凪が居酒屋バイトの日。私は苦戦しながら3匹が1番可愛く見える角度で写真を撮った。
そして、パソコンで「犬、いりませんか?」と単純極まりない、張り紙を作ったのだった。
「……で、これがその張り紙?」
「どうかな?」
夜勤明けの凪を捕まえて、部屋に上がりこみ、出来立ての張り紙を見せた。
「うん。いいんじゃないかな?」
「ちょっと投げやりじゃない? 凪?」
「いや別に。頑張ってる柚月さんは可愛いと思うよ」
「連絡先なんだけど、凪の携帯でいいよね?」
流石に女の子の携帯番号を晒す訳にはいかないだろうと考えた挙句に、思い浮かんだのが凪の携帯だったのだ。
そもそも、凪が拾ってきたのだし、責任を取るのが当然だ。
「柚月さんって、可愛いとか付き合ってとか、直にスルーするよね。僕、結構頑張って言ってるんだけど」
「聞いてるよ。……で、凪の番号を入れた完成版がこっち」
『犬いりませんか? 可愛い子犬です。お問い合わせは○○○○ 大澤凪』
1枚の写真に3匹が奇跡の可愛さで写っている。
この1枚は本当に苦労した。
じっとしない犬を3匹同時に取るのは、難しすぎる試練だったのだ。
1人張り紙に感動していると、凪が「でも……」と反論してきた。
「何?」
「いや……張り紙はいいんだけど、犬種聞かれたらどうしようかなあって思って」
「雑種じゃダメなの?」
「うーん。事実なんだけど、犬好きの人ってさ。ミックスですって言っても何と何のミックス? みたいに聞かれる事があってさ……今は色々とうるさいから」
犬種に詳しくない私と、犬種を意識した事がなかったらしき凪は、3匹をじっと見つめた。
「ねえ、わかった?」
パソコンを前に私と凪は必死に「何犬か?」を導き出そうとしていたのだが、わからない。
そもそも、茶トラは茶色と白。白ウサギは真っ白。灰色狼は、グレーというより薄い黒? でバラバラなのだ。しかも、よくよく観察して調べてみると、茶トラと白ウサギは日本犬っぽくて、灰色狼は、何だか外国犬っぽいのだ。
「凪……。私、今まで深く考えた事なかったんだけど、この子達兄弟だよね? 血の繋がりがあるんだよね?」
「うーん。柴、いや紀州? いや北海道? え? 違うでしょ」
「違うの! 兄弟じゃない犬を一体どこで3匹も……」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
凪は、3匹を拾った経緯をポツリポツリと教えてくれた。
凪のもう1つのバイト、家庭教師。
塾ではなく家庭教師を頼むような子は、いつの時代も裕福な家庭の子供である場合が多い。この辺りでは山の上の方にある「高級住宅街」に住む子供たちが家庭教師のメインのターゲットであるらしい。もちろん凪の家庭教師先もその場所で、毎回息を切らしながら山を登り仕事に向かっている。
お山の上の高貴な人達の最近の悩みは「野良犬」だったらしい。住宅街から少し離れた山の中に犬を捨てる人達がいたのだろう。少しずつ捨てられる犬が増え、捨てられた犬達が繁殖し、結構な数になっていた。そして犬が遠征をして住宅街に現れる事も増えていたのだ。
もちろん、高貴な方々は直に保健所に連絡した。
「人に害をなす恐れあり」として山狩りが行われ、ボス犬を含む、相当数が捕獲された。
「それで捕まえた犬が予想より多かったらしくて、送迎待ちをしていた保健所の人がいたんだよ。手にダンボールを持って。その中にいたのがこの3匹だったんだ。もっともその時点で3匹とも衰弱しきって動けないような状態だったから、仲間において行かれたんだろうね。そのお陰で最初の護送に乗らずにすんで、通りかかった僕に引き取られた」
「茶トラ死にかけてたの?」
「茶トラだけじゃないよ。みんなだよ。で、ダンボール抱えて走って動物病院に行って入院させて、元気になった。山の寒さと空腹で弱ってただけで、病気じゃなかったからよかったよ」
茶トラを思わずギュッと抱きしめる。
生まれたばっかりの赤ちゃんなのに、死にかけるほど弱ってたなんて。
それに、飼えなくなったからって安易に犬を山に捨てる人間は許しがたい。
この子達は、生きてる。いらないから捨てるなんて、そんな横暴な行為は絶対に許せない。
「ねえ、凪。良い飼い主見つけてあげようね」
茶トラ、白ウサギ、灰色狼の頭を交互に撫でる。
今は、皆、元気に走り回って悪さばっかりして、叱るときも多いし、ウンザリする時もあるけど、可愛くて愛しい。
「そうだね。きっと幸せになれるようにしてあげようね。うん。もういいや。何犬でも。今は元気で可愛いです、でいいや。柚月さんってやっぱり優しいね」
優しいのは私じゃなくて凪だよ、と思ったけど、そんな事が私に言えるはずもなく「散歩行こうか」と全然別の事を言ってごまかした。
駆け回って喜ぶ3匹と、一緒にじゃれあっている凪を見て、この光景がずっとずっと続けばいいのに、と思った。
夏には終わる関係だとわかっていても、そう思わずにはいられなかった。