俺様御曹司による地味子の正しい口説き方
言葉にできない
「あっ、すみませぇん?小早川君のお相手は幼馴染みの人なんでしたぁ。私ったら間違えちゃった。ごめんなさい?」
見下されるように微笑まれ、私の反応を楽しむ桃山さんはそこから立ち去ろうとしなかった。
そんな彼女を相手に私は何かを反応することもできず、ただひたすら彼女の言葉を反芻していた。見方によっては無反応に見えたであろうその態度は彼女の期待していた態度ではなかったらしく、追い討ちをかけるように言葉を続けた。
「実はぁ私、弟がいるんですけど、ずっと片想いしていた女性がいるらしくて。そしたらその彼女が婚約者がいるって、小早川君を紹介されたらしいんです。弟は残念でしたけど、とっても可愛らしい方だからお似合いだったって。小早川君の名前を書いて私に尋ねてきたんです。もう私もビックリしちゃって」
そこまで言うと、私の無反応に動揺を感じ取ったようで、『じゃあ』と言って満足したように去っていった。
━━━あっ、仕事始まっちゃう……私も行かなきゃ。
固まっていた体をぎこちなく動かして、デスクに座る。パソコンを立ち上げ、起動する画面をただじっと見つめていた。
こんなとき、どうしたらいいのか。
私には経験が全く足りなかった。
いやでも、こんな経験そうないだろうしね。
動揺……?
いや違う。
言われた言葉に現実味が沸かなくて。
婚約者?
聞きなれない単語に違和感を感じながらも、どこか遠くで『あぁ彼は御曹司だったっけ漫画みたいだなぁ』なんて他人事のようにしか思えなかった。
周りがざわついて人が増えてきた。
始業時間まで後15分ほどだ。
毎日の恒例行事のように小早川君が出社すると周りから黄色い声が飛ぶ。
今日も入り口付近から聞こえてきた。
桃山さんの声がした。
いつものように挨拶を交わし、笑顔を向けていた。
いつもならそこで一先ず解散するはずが今日は桃山さんも終わらなかった。
そりゃそうだ。
小早川君のビックニュースなんだから。
「そうだっ!小早川君、ご婚約したんですってね。おめでとう!お相手は昔からのお知り合いなんて素敵ね」
桃山さんの声が響くと、周りにいた女子社員や、その声を聞いたフロア内の営業からかすかなどよめきが起こった。