俺様御曹司による地味子の正しい口説き方
その日の夜いつもの22時過ぎ、小早川君が訪ねてきた。
「遅くに悪い」
「大丈夫です。で?どういった事でしょうか?」
ソファー前の小さい机にコーヒーを出しながら対面に座って彼を見据えた。
「あぁ……悪かった。とりあえず、婚約者なんてのはいない。俺にはお前だけだ」
「つ、」
彼のストレートな言葉に一瞬で顔が熱くなった。
「週末、実家に行ってただろ?そんときに幼馴染みから頼まれたんだよ。しつこい男がいるから婚約者の振りをしてくれって」
机を挟んで向かい合って座る小早川君はソファーに凭れて座っていたが、手を伸ばし私を引き寄せた。
突然の事に体がバランスを失い彼に抱き寄せられる形になった。
ゆっくりと背中に腕を回して温もりを感じながら拗ねたような口調をしてしまった。
「幼馴染みの方は女性の方だったんですね」
「ん?言わなかったか?」
「……聞いてませんでした」
「ブハッ。可愛いなお前。やきもちか」
「なっ、、ふざけないで下さいっ」
ぎゅっと甘えるように抱き締められて嬉しそうな彼の声音が聞こえる。
「ちょっ、ちゃんと説明してください」
「ハハッ。悪い。でも嬉しいもんだな」
「知りませんっ、もう」
「悪かった」
頭をゆっくり撫でながらキスを落とされた。
「水守清香(みずもり きよか)っていうんだけど、近所に住んでてまぁガキのときからの付き合いなんだよ。で、色々と昔から世話になったり世話したり、だから今回の事もその場かぎりの事だと思って引き受けて……悪かった。昨日会った男が桃山の弟だなんて知らなかったんだ」
「そうなんですか……」
「悪い。男の名前も知らなかったから引き受けたんだけど、けっこうキヨもストーカー紛いの事をされてたらしくて表面上すぐに撤回出来ねぇんだ……桃山からバレるだろうしな」
「……分かりました。じゃあどうしたらいいですか?社内では別れたふりのが良いですか?」
「……いや。暫く様子見るか。本当に悪かった。でも俺が好きなのは杏だからな。頼むから愛想つかすなよ」
「ふふふっ。安心しました。私も好きですよ」
お互いにぎゅうぎゅうに抱き締めあいながら気持ちを通じ会わせた。
ほら、大丈夫だった。
ちゃんと話し合えばこんなにも穏やかになれる。
きっと大丈夫だって。
本当に思ったんだ。