金木犀のエチュード──あなたしか見えない
幼い詩月くんが泣きそうな顔で聴かせてくれたチャイコフスキーの「懐かしい土地の思い出」は、今現在に比べると、かなり拙い演奏だった。

あの男の子、詩月くんがこんなにも上手くなり、暖かい音色で演奏できるようになったんだと思うと、感無量だった。

身を乗り出し、指使いを注意して観る。

確かに、祖母の正確な指使いとは違うような気がする。

側に寄りガッツリと観察したい衝動にかられたけれど、演奏を中断されたらと思うと、そこまではできなかった。

男性が重なる音色の主の弾いている場所を確認し、演奏に集中すると、詩月くんのヴァイオリン演奏は男性の演奏に調和させ、引き立て役になる。

彼の方が明らかに演奏技術も上なのは、さっきまでの演奏を聴いてわかっている。

つっかえながら弾く拙い演奏を引き立てるのは、さぞや難儀なことだろうと思うのに違和感はない。


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