金木犀のエチュード──あなたしか見えない
彼は客間で弔問客と暫し談笑したが、終始澄まし顔を崩さなかった。

勧めた珈琲は1口2口、口を湿らせる程度しか飲まなかったと思う。

彼が帰った後「未だ9月半ばで残暑も厳しいのに」と、母に話す。

「詩月くんは珈琲、アイスもホットもダメみたい。話しておくべきだったわね」

「早く言ってよ。彼、気を使ったのかしら」

「詩月くんはあまり感情を表に出さない、大人しい子よ。それに彼は――」

「彼は何?」

「何でもないわ」

母は祖母の肖像画に目をやり、フッとため息混じりに呟いた。

あなたは知らなくていいと暗に言われた気がし、話をそらす。

「そう。ねえ、スカーフを巻いた白いネコを知らない? 彼の演奏が終わるまではお婆ちゃまの部屋に居たんだけど」


「さあ、見ていないわよ」

「何処に行ったのかしら、すごく品のあるネコだったのよ」
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