金木犀のエチュード──あなたしか見えない
カーステレオで詩月が本選に弾く「ショパンの雨だれ」を流し聞いていたと。

事故から1年。

アランは弾けない虚しさ、成果のないリハビリに失望し、ヴァイオリンの練習を止め、大学も退職してしまった。

アラン、貴方はヴァイオリンを捨てられない。

アラン、貴方は音楽を捨てられない。

もう1度、『懐かしい土地の思い出』を貴方と弾きたい』

切々と書かれたページの所々に、涙の跡がある。

お婆ちゃまは「懐かしい土地の思い出」を何度も繰り返し弾いていた。

時々、お婆ちゃまの音色に重なって聞こえてきたヴァイオリンの音色は、詩月くんの音色とは違っていた。

あれは怪我をする前のアランのヴァイオリンの音色だったんだろうと思う。

お婆ちゃまの部屋の戸棚をママに許可をもらって開けると、お婆ちゃまが録音した詩月くんのヴァイオリン演奏が幾つも保管されていた。


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